2021/11/27

第4部 嵐の後で     6

  暢んびりした朝食を済ませた後、後片付けをした。その頃にやっと停電が解消した。首都なので、電力会社が大急ぎで電線を復旧させたのだ。少なくとも、国の経済を動かしているセレブが多く住む西サン・ペドロ通りの電力を復旧させれば、電線がつながっている隣の東サン・ペドロ通りもテオの家があるマカレオ通りもその恩恵に預かれるのだ。
 テオは身支度をして、車にアスルとデルガドを乗せて家を出た。同じマカレオ通りの北地区に住むロホのアパートは電力が復活しただろうかと思いながら、車を走らせた。
 路上にはいろいろな物が落ちていた。住民が後片付けをしたり、電力会社の工事車両が点検に回っているのを見ながら、ゆっくりと市街地に入った。
 冠水していた幹線道路も水が引いた。テオは文化・教育省が入居している雑居ビルの前に車を停めた。アスルとデルガドが降りた。デルガドが「グラシャス」と挨拶して、バスターミナルの方向へ歩き出した。アスルは文化・教育省へ入って行った。入り口の番をしている女性軍曹は今朝も出勤済みだ。彼女はどこに住んでいるのだろう、とテオはふと気になった。軍人だから基地で寝起きしている筈だが。
 車を出して、大学へ行った。大学の門は開いていた。暴風雨の後片づけに来た職員の車が駐車場に数台停まっていた。まだ多くの教室は休みを決め込んでいるようだ。テオの研究室は、窓ガラスは無事だったが、隙間から水が侵入していた。壁に滲みがあり、窓際の机には水溜りができていた。テオは拭き掃除で午前中を潰した。

 エミリオ・デルガド少尉はバスターミナルで小一時間待ってから、プンタ・マナ行きのバスに乗車出来た。バスは案外混んでいて、彼はリュックサックを前に抱え込んだ。鮨詰めのバスや列車は中南米では珍しくない。いつもの帰省で彼は慣れていたので、出来るだけ窓が開いた場所に立ち、座っている人の存在を無視して通路を塞ぐ群れに加わった。そして立ったまま目を閉じた。
 バスは南へ向かう基幹道路を走った。路面の汚れは都市部よりマシだった。飛んで来る物が少なかったのだろう。バスの車内はお喋りの声で賑やかだった。この分だと昼過ぎにはプンタ・マナに到着するだろうと、誰もが思っていると、バスの速度が落ちた。
 デルガドは後方からサイレンの音が近づいて来ることに気がついた。バスや周囲の車が速度を落とし始めたのは、緊急車両に左端の車線を譲るためだ。軽い渋滞が発生し始めた。
 デルガドは窓の外をパトカーや陸軍の憲兵隊車両が走って行くのを見た。救急車も走って行った。
 事故か?
 バスの乗客達の中に不安が広がった。道路の先で事故が発生していたら、そのうち車の流れが止まってしまうだろう。そうなったら、この蒸し暑い鮨詰めのバスの中で封鎖が解けるまで待たねばならない。デルガドは実家へ夕刻までに着かないのではないかと心配になった。野宿は構わないが、このバスの中で立ったまま一晩寝るのはごめんだ。そうでなくても昨夜は徹夜で祈って、ナワルも使って疲れているのだ。
 幸い、バスは停止することなく、低速で進み続けた。
 道路が海岸に最も近づく地区に入り、そこで乗客達は緊急車両の目的地が砂浜だと知った。道路から脇道に入り、ビーチに降りられる場所がいくつかあるのだが、その内の1箇所に先ほどのパトカーや憲兵隊車両や救急車が集結していた。地元の人々も集まっているのが見えた。
 なんだろう?と乗客達の視線が海岸に注がれた。誰かが声を上げた。

「難破船だ!」

 大型船舶の姿は見えなかった。バスからは波打ち際に集まって何かを引き上げる警察官や地元民の姿が見えただけだった。ハリケーンに巻き込まれて遭難し、浜に打ち上げられた人がいるのか、とデルガドは思った。セルバの漁師はハリケーンが近づいている時に出漁したりしない。外国船だろう、と彼は思った。

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