2021/11/29

第4部 嵐の後で     9

  民間企業などは午後7時まで仕事をしている国だが、省庁は6時で閉庁になる。カフェで時間を潰しているテオとアリアナの所へ最初に現れたのはアスルとデネロス少尉だった。デネロスはアリアナと仲が良い。アリアナが初めてセルバ共和国に来た時以来の付き合いだ。それにデネロスの英語の論文指導をしたのもアリアナだったので、この2人は師弟関係でもあった。既にアリアナの帰国を知っていたデネロスは(女性達はメールや電話で常に情報交換していたのだ。)、テオ達のテーブルに真っ直ぐやって来た。アリアナが立ち上がって彼女を迎えると、2人はハグし合った。テオはデネロスの後ろからゆっくりやって来るアスルを見た。
 以前アスルはアリアナに片思いしていると文化保護担当部の仲間内では噂になっていた。”ヴェルデ・シエロ”達は仕事やプライベイトで”心話”を使うことが多いが、この超能力はちょっと厄介な問題があって、個人的な思考も相手に伝えてしまうことが偶にあるのだ。使い手は幼少期に親から情報をセーブすることを教えられるのだが、精神的に弱っていたり、酒に酔ったりした時にうっかり心の底にしまってある私的感情を他人に伝えてしまう「事故」だ。アスルは普段は寡黙な男なのだが、アルコールに弱い。飲み会でうっかり先輩達に初恋を読まれてしまったのだ。揶揄われたりしていたが、結局アスルが自分から告白することはなく、アリアナはメキシコで働くためにセルバを離れた。あれから一年半経った。
 前夜、テオはアスルにアリアナの帰国を伝えた。アスルは反応しなかった。ふーんと言った感じで、何もコメントしなかった。もう恋の熱は冷めたのか、とテオはちょっぴり安堵した。アリアナはアスルより9歳年上だ。それに遺伝子操作されて生まれた人間だ。テオは彼女と超能力を持つ”ヴェルデ・シエロ”の間に子供が出来る場合を想像すると、不安を感じざるを得なかった。普通の人間と”ヴェルデ・シエロ”との間のミックスの子供達は、親に負けない強さの超能力を持って生まれてくる。だが彼等は純血種と違って親に教わらなければ超能力を使いこなせない。純血種の様に生まれながらに自由に使える訳ではないのだ。
 自分達の様な遺伝子操作された人間と”ヴェルデ・シエロ”の間に生まれる子供は、どんな能力を持って来るのだろう。自分達親は子供を上手く教えることが出来るのだろうか。
 テオはそれを考えると、ケツァル少佐に愛の告白をするのを躊躇ってしまう。少佐も何か不安を感じているのか、彼に親しい振る舞いをしても一線を越えようとはしない。
 もし、アスルがアリアナへの恋を過去のものにしてしまったのであれば、それはそれで良い、とテオは思うのだ。アスルには彼女よりもっとふさわしい女性がいくらでもいる。
 ハリケーン接近時のフライトはどうだったと尋ねるデネロスの横をアスルは通って、テオのそばに来た。そしていつものぶっきらぼうな口調で言った。

「あんたに客が来ている。」
「客?」
「もうすぐ上官達が連れてくる。」

と言ってから、彼は付け足した。

「客も上官だ。」

 つまり、大統領警護隊の隊員だ。アスルは少尉だから、「上官」は中尉以上の将校だ。一瞬カルロ・ステファン大尉かと思ったが、それならアスルははっきり名前を言う。ステファンは元文化保護担当部所属でケツァル少佐の副官だったのだ。
 店の入り口に、文化保護担当部の末席にいるアンドレ・ギャラガ少尉が現れた。テオが彼に気づくと、ギャラガが腕を振って、来いと合図した。目上の人に対して失礼な振る舞いだが、店内は賑わっており、大声を出す訳にもいかないのだ。テオはアリアナやデネロス、アスルに声をかけた。

「店から出ろってさ。少佐の命令だな。」


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第11部  紅い水晶     19

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