2021/12/07

第4部 忘れられた男     8

  エルネスト・ゲイルはまだ目を閉じていた。痩せたな、と言うのがテオが抱いた最初の印象だった。以前はぽっちゃりした体型だったが、かなり贅肉を落としていた。しかし美男子には程遠い顔立ちだ。太っていた時の方が可愛いかった、とテオは思った。やつれているのかも知れない。生まれてからずっと特別な子供扱いされ、大事に養育された男が、人生で最大の失敗をしたのだ。エルネストが生け捕った超能力者がとんでもないヤツで、その仲間もとんでもない女で、軍の基地内にある警戒厳重な研究所をメチャクチャにして、研究データを全て消去してしまって逃亡した。しかも2人の、やはり大事に育てた筈の研究者を道連れにして。軍は、あるいは国は、エルネストの失敗をどう処理したのだろう。エルネストは汚名返上の為に新しい仕事を背負い込んだのか? それとも母国に未来はないと諦めて逃げて来たのか?
 アウマダ大佐がテオを見た。大統領警護隊と何の話をしていたのか、と問いたげな表情だったので、彼は囁いた。

「この男は俺の知っている人間です。アメリカ人です。」

 それ以上の説明は、医師や看護師の前で言うのを憚られた。それにこの2人の憲兵は”ティエラ”だ。アメリカで起きた事件を全く知らない普通の人々だった。

「科学者ですか?」

とムンギア中尉が尋ねた。テオは頷いた。

「アメリカ合衆国陸軍の研究施設で働いていた男です。」

 それだけで、憲兵にエルネスト・ゲイルに対する警戒感を持たせるに十分だった。身元を徹底的に隠した装備を持ったアメリカ軍関係者だ。セルバ共和国と敵対している訳ではないが、友好的な活動をしていたとは言い難い。

「何処か南の方の国で活動していて、ハリケーンでセルバへ流された可能性も考えられるな?」

とアウマダ大佐が呟いた。漂流して来たと考えれば、大佐の意見が正しく思えた。パナマやコロンビア辺りが目的地だったのかも知れない。
 その時、エルネストがうーんと声を上げた。アウマダ大佐がテオに尋ねた。

「彼の名前は?」
「エルネスト・ゲイル。」
「アーネストではなく、エルネストですか?」
「スィ。何故かその発音で彼は子供の時から呼ばれていました。」
「子供の時から?」
「幼馴染です。」

 兄弟とは言いたくなかった。言えば、また話がややこしくなる。大佐がベッドの上の男に英語で声を掛けた。

「エルネスト、起きなさい。」



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