2021/12/08

第4部 忘れられた男     9

  エルネスト・ゲイルは呻き声を立てながら目を開け、起き上がろうとした。点滴も酸素マスクも何も装着されていないから、簡単に体を動かせる。医師も憲兵も黙って彼の動きを見ていた。
 ゲイルが上体を完全に起こした時に、テオはムンギア中尉の後ろから声を掛けた。

「おはよう、ゲイル博士。」

 アウマダ大佐と医師がチラリと彼を見たが、何もコメントしなかった。エルネスト・ゲイルは手で顔を擦り、英語で「おはよう」と答えた。それから、ふと気がついた様に視線を上げた。メスティーソの中米人の医者と軍人が彼を取り囲んでいるのを見て、一瞬不思議そうな顔をした。それから、ハッとして周囲を見回した。

「ここは?」

 医師が英語で答えた。

「グラダ・シティのブルノ・リベロ病院です。」
「グラダ・シティ?」

 エルネストは怪訝な表情になった。

「パナマですか?」
「ノ。セルバ共和国です。」
「セルバ?」

 彼はピンと来なかった様だ。もう一度病室内を見回し、憲兵の後ろに立っているテオを見つけた。え? と言う驚きの表情になった。

「テオ? シオドア、君か?」

 テオは中尉の横に進み出た。

「そうだよ、君の昔馴染みのシオドアだ。今はテオドール・アルストと名乗っているがね。」
「それじゃ、ここはセルバ・・・」
「だから、ドクターがそう言ったじゃないか。」

 やっとエルネストの顔に不安そうな色が現れた。

「どうして僕はセルバにいるんだ? パナマへ行く筈だったのに・・・」
「ハリケーンで遭難したんだ。」

 とムンギア中尉が言った。

「貴方は救命筏に乗って、我が国の浜辺に打ち上げられていた。」

 ああ、とエルネストが枕に頭をどすんと落とした。少し安堵の表情になった。

「それじゃ、助かったってことか・・・」

 医師が憲兵にエルネストの診察をして良いかと尋ねた。

「問題がなければ退院させて結構です。」
「では、診察をお願いする。」

 医師が聴診器でエルネストの胸の音を聴き、目や舌をチェックし、脈や血圧を測って、憲兵大佐に頷いて見せた。大佐が中尉を振り返った。

「この男に着せる衣類が必要だな。」

 テオは大佐に尋ねた。

「彼をどうなさるおつもりですか?」
「遭難の状況を事情聴取する。船が遭難したとわかれば、関係ありそうな国に連絡して救助を促す。手遅れかも知れないがね。取り敢えず、彼を何処かのホテルに泊めることになるだろう。貴方がこの男性の身元をご存知で手間が省けた。」

 大佐は廊下の方へ視線を遣った。

「大統領警護隊のお出ましは、その後にお願いすることになるだろう。」


 

 

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