エルネスト・ゲイルは呻き声を立てながら目を開け、起き上がろうとした。点滴も酸素マスクも何も装着されていないから、簡単に体を動かせる。医師も憲兵も黙って彼の動きを見ていた。
ゲイルが上体を完全に起こした時に、テオはムンギア中尉の後ろから声を掛けた。
「おはよう、ゲイル博士。」
アウマダ大佐と医師がチラリと彼を見たが、何もコメントしなかった。エルネスト・ゲイルは手で顔を擦り、英語で「おはよう」と答えた。それから、ふと気がついた様に視線を上げた。メスティーソの中米人の医者と軍人が彼を取り囲んでいるのを見て、一瞬不思議そうな顔をした。それから、ハッとして周囲を見回した。
「ここは?」
医師が英語で答えた。
「グラダ・シティのブルノ・リベロ病院です。」
「グラダ・シティ?」
エルネストは怪訝な表情になった。
「パナマですか?」
「ノ。セルバ共和国です。」
「セルバ?」
彼はピンと来なかった様だ。もう一度病室内を見回し、憲兵の後ろに立っているテオを見つけた。え? と言う驚きの表情になった。
「テオ? シオドア、君か?」
テオは中尉の横に進み出た。
「そうだよ、君の昔馴染みのシオドアだ。今はテオドール・アルストと名乗っているがね。」
「それじゃ、ここはセルバ・・・」
「だから、ドクターがそう言ったじゃないか。」
やっとエルネストの顔に不安そうな色が現れた。
「どうして僕はセルバにいるんだ? パナマへ行く筈だったのに・・・」
「ハリケーンで遭難したんだ。」
とムンギア中尉が言った。
「貴方は救命筏に乗って、我が国の浜辺に打ち上げられていた。」
ああ、とエルネストが枕に頭をどすんと落とした。少し安堵の表情になった。
「それじゃ、助かったってことか・・・」
医師が憲兵にエルネストの診察をして良いかと尋ねた。
「問題がなければ退院させて結構です。」
「では、診察をお願いする。」
医師が聴診器でエルネストの胸の音を聴き、目や舌をチェックし、脈や血圧を測って、憲兵大佐に頷いて見せた。大佐が中尉を振り返った。
「この男に着せる衣類が必要だな。」
テオは大佐に尋ねた。
「彼をどうなさるおつもりですか?」
「遭難の状況を事情聴取する。船が遭難したとわかれば、関係ありそうな国に連絡して救助を促す。手遅れかも知れないがね。取り敢えず、彼を何処かのホテルに泊めることになるだろう。貴方がこの男性の身元をご存知で手間が省けた。」
大佐は廊下の方へ視線を遣った。
「大統領警護隊のお出ましは、その後にお願いすることになるだろう。」
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