2021/12/19

第4部 悩み多き神々     15

  階段の中ほどで座っているケツァル少佐が見守る中、アンドレ・ギャラガは3人の遊撃班隊員を相手に打ち合いをしていた。大統領警護隊は拳銃や軍用ナイフを所持しているが、訓練で格闘や打ち合いをする場合は流石に模擬弾装填の銃と模造刀を使う。それでも怪我は避けられない。相手の武器や拳が体に当たる寸前に気を放って避ける訓練だ。
 アスルは6人を相手にしていた。盗掘美術品密売組織の悪党達を10人まとめて病院送りにしたアスルだが、やはり同じ大統領警護隊相手だと手こずった。向こうも彼が格闘技の達人だと知っているから傾向と対策は練っている。それでも彼は巧みに相手に攻撃を仕掛け、遊撃班が気で彼の動きを鈍らせるのを防いでいた。
 ケツァル少佐は相手の人数を数え、遊撃班は現在指揮官を含めて26名だった筈、と考えた。セプルベダ少佐は彼女同様工場跡地の何処かで部下達の戦いぶりを観察している。1人は2階で縛ってある。人質だ。だから15人が外にいる。
 2階ではデネロスが4面のそれぞれの窓に結界を張って、屋根からの侵入を妨害していた。遊撃班は、午前中と違って彼女ではなく壁やガラスを銃撃して、彼女の注意を逸らせようと仕掛けてくる。格闘になると複数の男相手に1人の彼女はちょっぴり不利になるから、彼女は結界で相手の接近を防いでいた。
 ロホは屋根を警戒していた。デネロスの訓練の為に結界を張っていない。敵がそれに気がついて屋根を破って襲撃してくる場合を想定して、天井を睨みながら2階の床を歩き回っていた。
 テオは心臓がぱくぱくする緊張を感じていた。相手は”ヴェルデ・シエロ”なので遠慮せずに拳銃を撃てと言われても、やっぱり人間に向かって発砲するのに慣れていない。事務所の窓を順番に警戒していると、後ろで手首を縛っていた革紐を金属片で断ち切ったステファン大尉が静かに立ち上がった。目隠しを取り、両手首を擦ってから、テオの後ろを通り、事務所から出ようとした。事務所の外でロホが怒鳴った。

「テオ、後ろ!」

 テオが振り返ると同時にステファンが事務所から飛び出した。テオは発砲したが銃弾は壁に当たった。ロホが遠慮なくステファンにアサルトライフルを撃った。パンっと音がして空中で火花が散った。ステファンがフンッと鼻を鳴らして、窓を突き破り、屋根の上に飛び降りた。

「デネロス!」

とロホが叫んだ。

「ここは良い、下へ行け!」

 そして彼自身はステファンを追って窓の外へ飛び出した。
 テオは何が何だかわからず、窓に駆け寄った。デネロスがそれに気づき、咄嗟に事務所の窓に結界を張った。そして事務所の中に駆け込み、テオの服を引っ張った。

「窓から顔を出しちゃ駄目!」

 テオはそれでも外が気になって屋根を見た。
 外に出たロホは途端にカルロ・ステファンが放った強烈な爆風に襲われた。彼は両腕を交差させて頭部を守り、爆風を押し返した。押し返された爆風をステファンは耐えたが、近くにいた味方が3人吹き飛ばされ、屋根から転げ落ちた。

「馬鹿者、結界を張って仲間を守れ!」

と中尉のロホが大尉のステファンに怒鳴りつけた。チッとステファンは舌打ちし、身を翻して屋根から飛び降りようとした。そして脚を何かに掬われてその場で転倒した。下から壁を駆け上がって来たケツァル少佐が彼の顔の前に立った。

「愚か者、私から逃げられると思っているのですか!」

 ステファンは屋根の縁から下を見下ろした。さっき屋根から落ちた3人が地面に座り込み、そばにセプルベダ少佐が立って屋根を見上げていた。

「ミゲール!」

と彼が声を掛けた。

「今日はこれで終わりにしないか? ステファンの風が味方を打ちのめした。」

  ケツァル少佐は彼を見下ろし、それから弟を見て、呟いた。

「力だけは強いんだから・・・」


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