2021/12/20

第4部 悩み多き神々     16

  テオとデネロスが階段を下りて階下へ行くと、既に「戦闘」は終了していた。廃工場の駐車場に遊撃班と文化保護担当部の隊員達が集合しており、テオは地面に座り込んだ3人の隊員の前にステファン大尉が屈み込んでいるのを目撃した。彼はデネロスに小声で尋ねた。

「何をしているんだ?」
「今の段階は、多分、透視です。負傷の程度を調べています。」

 隊員達は距離を開けて立っていた。全員疲れているが、休めと言われていないので、直立不動で立っているのだった。アスルとギャラガも彼等の横で立っていたので、デネロスも急いでギャラガの隣に並んだ。テオはどうしようかと迷い、結局彼女の隣に立った。
 座り込んでいる隊員の向こうに、2人の少佐が並んで立っていた。テオはセプルベダ少佐を初めて見た。想像したより小柄だが、顔は映画で見る先住民の賢人の様な重厚な雰囲気を漂わせる風貌だった。何族だろう、と思わずDNAを気にしてしまった。
 座り込んでいる隊員を挟んでステファンの反対側にロホが立っていた。いつもの優しい顔と違って厳しい軍人の顔で、真っ直ぐ立っているが身構えている印象をテオに与えた。
 ステファンが1人を残りの隊員から離して座らせた。彼が隊員の左肩に手を当てると、ロホが隊員に声を掛けた。

「息を全部吐き出せ。肺に空気があると危険だ。」

 ハァッと隊員が息を吐くと、ステファンの顔が一瞬力んだ表情を見せた。空気が一瞬ビッと固くなった、とテオは感じた。隊員が全身の力を抜いて、ぐにゃりと体を崩しかけた。ステファンが両手で彼を支えた。

「大丈夫か?」
「大丈夫です、グラシャス。」

 隊員は立ち上がり、ステファンに敬礼し、それから2人の少佐、ロホの順に敬礼してから、整列している仲間のところに走った。
 ステファンは次の隊員にも同じことをした。2人目は肩ではなく腰だったので、地面にうつ伏せに横たわらせて行った。隊員は彼が力んだ時に、まるでお尻を引っ叩かれた様にピクンと体を動かしたが、すぐに立ち上がり、上官達に敬礼して、仲間のそばに戻った。
 3人目はかなり辛そうな顔をして座っていた。ステファンは彼が地面に横たわるのに手を貸した。

「骨は折れていない。内臓も大丈夫だ。だが腹部の筋肉が損傷している。」

 ステファンは彼に負傷の状況を説明した。隊員が何か言いかけたが、彼はその口を指で押さえた。

「喋るな。かなり痛いだろうが、私に治せる。耐えてくれ。」

 彼は己のスカーフを出して隊員の口に咥えさせた。そしてロホを見上げた。

「肩を押さえてくれ。」

 ロホは無言で隊員の頭の方へ行き、その両肩を押さえた。ステファン自身は隊員の腰の上に己の体重をかける姿勢を取り、両手を腹部の上に翳した。テオは一瞬空気が冷たくなったと感じた。1秒後に周囲は元の蒸し暑い南国の空気に包まれていた。
 隊員が起き上がった。額に脂汗を浮かべていた。彼は咥えていたスカーフでそれを拭おうとして、それが上官のものだったと思い出した。ステファンが彼の微かな戸惑いを察して言った。

「そのまま使え。」

 そして隊員と共に2人の少佐に敬礼した。次にロホにも敬礼した。セプルベダ少佐が頷いた。

「戻れ。」

 ステファンと3人目の隊員が遊撃班の列に走った。
 セプルベダ少佐がケツァル少佐に向き直った。

「今日はなかなか有意義な訓練を考えついてくれて、感謝する。」
「こちらこそ、若い少尉達に為になる攻撃を仕掛けて頂いて感謝します。」

 どっちが勝ったんだ?とテオは疑問を持ったが、少佐達はまるで世間話をする様に廃工場の建物を見上げた。

「所有者が警察を通して要望を言ってきたそうだ。」
「あら、なんて?」
「演習で使用するなら、本気で暴れて解体費用がかからないように徹底的に破壊して欲しいと。」
「それは残念。もっと早く言って欲しかった・・・」

 まだ原型を留めている工場の建物を見ながらケツァル少佐が笑った。

「迫撃砲を使う訳にいかんからな。」

とセプルベダ少佐も笑っていた。
 テオは我慢できなくなって、声を掛けた。

「この勝負、どっちが勝ったんだ?」

 ”ヴェルデ・シエロ”達が一斉に彼を見たので、テオは肝が冷えた。将校の会話に割り込んではいけなかったのか?
 最初に笑ったのはセプルベダ少佐だった。

「どっちが勝とうが負けようが、予算審議では遺跡監視費用増額に賛成票を入れる。遊撃班には仕事の機会を増やせるチャンスだからな。だが、ステファンは逃げたぞ。」
「ロホと私で阻止しました。ですから、こちらの勝ちです。」

 鬼の様に怖いお姉さんは、不甲斐ない弟をジロリと見た。

「それに、彼はまだ結界を張るタイミングが悪いです。3名も負傷者を出しました。」
「仰せの通り。」

 セプルベダ少佐にも睨まれて、ステファン大尉は肩をすくめた。だが、と遊撃班の指揮官は彼を擁護した。

「気の爆裂による負傷の対処方法を習得出来ていることが判明した。こればかりは、実際に怪我人が出ないことには、判定出来ないからな。実際の戦いではなく訓練の場であって良かったとしよう。」

 彼は時計を見た。

「撤収にちょうど良い時間だ。では、次の機会を楽しみにしている。」
「次はこちらが攻撃する側になりたいですね。」

 おいおい、と男性の少佐は苦笑した。

「勘弁してくれ、ミゲール。守備より攻撃の方が簡単なのだぞ。」






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