その夜、アスルはテオが寝る迄戻って来なかった。気まぐれな男なので、テオは気にしなかった。それに朝起きたら、ちゃんと朝食の準備が出来ていて、アスルが遅刻しそうだとバタバタ出勤準備しているのを目撃してしまった。
「遅れる心配があるなら、朝飯を簡単にしても良かったのに。」
とテオが言うと、彼は返事をせずにリュックを掴んで外へ出て行った。同じマカレオ通りの北部に住んでいる先輩のロホがビートルで拾ってくれるのだ。ロホは真面目だから毎朝定刻にやって来る。アスルが家の外に立っていないと通り過ぎるので、アスルはバスに乗るのを良しとしなければ歩いて行くしかない。夕方はテオの車に便乗する。
テオは食事を終えると、アスルの分も食器を洗い、身支度して大学へ出勤した。金曜日だ。夜はアンドレ・ギャラガの大学合格祝いの宴会がある。レストランを予約しようかとロホが提案したら、少佐が「うちで飲みましょう」と言ったので、少佐のコンドミニアムが会場だ。料理は、家政婦のカーラが腕を振るってくれるから、味は間違いない。少佐は本部の官舎に早速デネロスとギャラガが外泊することを事前連絡してくれた。名目上「軍事訓練の準備で徹夜」だ。
彼女はアリアナも誘ってくれたのだが、アリアナは婚約者と新居を見に行って、それから彼氏の父親と食事をするのだと言った。デネロスが腕組みした。
「アリアナのお祝いもしないといけないんだけど、ロペス少佐が来るかなぁ・・・?」
「ロペス抜きでやれば?」
と冷たい少佐。えー、でも、とデネロス。
「酔い潰れるロペス少佐を見たいじゃないですか!」
その話をロホから聞いた時、テオは大笑いしてしまった。純血種のインディヘナはあまりアルコールに強くない。ロホも飲むとやたらとハイになってしまうし、アスルはすぐ眠ってしまう。どちらかと言えばミックス達の方がお酒に強い。シーロ・ロペス少佐は純血種のブーカ族だ。そして素面の時は、石像のような堅物だ。
堅物でも、アリアナをしっかり守って愛してくれるなら、いいじゃないか。アリアナも彼に夢中になっているし。テオは悔しいがちょっと妬けた。
夜の予定をワクワクしながら想像していると、講義も軽快に喋ってしまう。学生達は、「またアルスト先生は大統領警護隊と遊びに行くんだな」と予想して、クスクス笑った。
お昼になった。シエスタを終えたらアスルと己のDNAを分析しよう、とテオは思いつつ、大学のカフェに行った。ケサダ教授が考古学部の学生達と集まってランチをしているのが見えた。こんな場合は中に割り込めない。遺跡発掘の相談をしていることが多いからだ。テオはクイのミイラの分析がまだだったことを思い出した。シエスタが終わったらいの一番に手をつけなければ。今夜祝ってもらうアンドレ・ギャラガも考古学部の学生になるのだが、通信制なので発掘に参加出来ない。参加しようと思ったら、後期まで待たなければ参加資格がもらえない。尤も仕事が発掘の監視をする部署なので、そのうち嫌でも遺跡発掘現場へ行かされるだろう。
テオが料理を取って、どこに座ろうかとキョロキョロしていると、手を振る女性がいた。宗教学部のノエミ・トロ・ウリベ教授だった。ふっくらとした、典型的な「昔の」セルバ美人だ。ギュッと抱きしめたりしないよな、と思いつつそばへ行った。ウリベ教授は正面の席を指差した。
「お座りなさいな。私は直にいなくなりますから。」
彼女はほとんど空になった皿を前にして、コーヒーを楽しんでいた。テオはグラシャスと感謝して、お言葉に甘えた。
「雨季休暇明けの週は流石に学生が多いわね。」
とウリベ教授が言った。テオは同意した。
「新学期のスタートですからね。学生達が一番張り切っている週ですよ。」
「地方から来た学生が一番張り切っているわね。私も彼等から民族文化の新しい情報を得られるから、この時期はぼーっとしていられないのよ。若者の宗教みたいなものを教えてもらうの。」
教授はアハハと豪快に笑った。そう言えば、とテオは教授を見た。
「教授はどちらのご出身ですか?」
「私?」
ウリベ教授がニコッとした。
「こう見えても、グラダ・シティっ子なのよ。田舎者ぽいでしょうけど。」
そしてまたアハハと笑った。テオはその流れでさりげなく尋ねた。
「ケサダ教授もダンディですから、グラダ・シティ生まれなんでしょうね。」
「ノ。」
意外に速攻でウリベ教授が否定した。
「彼はオルガ・グランデ生まれよ。10代まであっちで育ったの。言葉でわかるわ。だから私が指摘したら素直に認めたわよ。お父さんがこちらの人なのですって。育て親の伯父さんが亡くなったので、お母さんと一緒にお父さんを頼って都会に出て来たって言ってたわ。」
それが真実だとしたら、とテオは思った。ケサダ教授のお父さんって誰だ?
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