2021/12/16

第4部 悩み多き神々     2

  シークエンシングによってクイのミイラから遺伝子配列を決定させ、さらにクイの体内から採取した微生物も分析した。それから現代のクイのものを比較して、ミイラの出所がグラダ・シティの北にある東海岸北部地方と推定した。
 結果が出たのが夕方だったので、テオは結果だけケサダ教授のアドレスにメールしておいた。分析表は月曜日に渡します、と断り書きを付けて。
 ミイラの分析で時間がかかってしまったので、アスルとテオのDNAを調べる暇がなくなり、彼は研究室内を片付けて冷蔵庫に鍵を掛けた。冷蔵庫の中には他にも生体細胞のサンプルが色々と入っており、お金にならないが研究には必要な物ばかりだ。
 自然科学の学舎を出て駐車場へ向かっていると、人文学の学舎前でムリリョ博士とケサダ教授が立ち話をしていた。教授が博士に携帯の画面を見せて何か言うと、博士は仏頂面をますます強張らせて短く何か言った。ケサダ教授が首を振り、博士は話にならんと言うジェスチャーをして駐車場に向かって歩き始めた。教授は空を仰ぎ見て、何かを呪った様に見えた。
 テオはケサダ教授のそばへ行った。いかにもただ通りかかったと言うふりをして声を掛けた。

「先程の人はムリリョ博士ですね。大学に顔を見せるのは3ヶ月ぶりなのでは?」

 ケサダ教授は不機嫌な声で応えた。

「3ヶ月と13日ぶりです。」
「なんだか不機嫌でしたね。」
「新しい博物館の間取りでお気に召さない場所があるのです。」

 そう言えば、セルバ国立民族博物館は建て替え中だった。外側は完成して、内部の工事をしているところだった。展示室の形で意見が食い違ったのだろう。

「壁を可動式にされては?」

とテオが提案してみると、教授は肩をすくめた。

「それがお気に召さないのです。先祖の霊が落ち着かない、と。しかし予算も組んでしまっているし。」
「大学と博物館は共同で建て替えに携わっているのですか?」
「スィ。最終決定は教授会だけでなく、他の考古学研究機関も参加して行います。だから私に博士が腹を立てられても、意味はないのです。博士も理解していらっしゃるが、誰かに怒りたいのですよ。」

 八つ当たりか。テオは「大変ですね」としか言いようがなかった。それから、クイの分析結果が出たので、メールしておいたと告げた。グラシャスと言ってから、教授が尋ねた。

「費用は如何程ですか?」
「ランチ一回分で結構です。」

とテオは言った。ケサダ教授は良識のある人だったので、首を振った。

「もっとかかっているでしょう。現実的な金額を週明けに報告して下さい。私ではなく考古学部が払うのですから、遠慮なさる必要はありません。」
「グラシャス。」

 テオは教授とランチを一緒にして何とか彼の細胞サンプルを手に入れようと企んだのだが、無駄だった。教授は、「ではまた来週」と言って去って行った。

 

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