2022/01/30

第5部 山の向こう     19

  グラダ・シティに帰る日がやって来た。テオも2人の院生達も、ブリサ・フレータ少尉が退院して来る前にサン・セレスト村を去ることを残念に思った。彼女との付き合いは短く浅かったが、ハラールの儀式をわざわざ教えに来てくれた親切な女性だ。せめて彼女をお茶に招待したかったと院生達は言った。オルガ・グランデに戻っても陸軍病院に見舞いに立ち寄る時間的余裕がなかった。セルバ航空の飛行機は離陸が遅れることが多いが、乗客が遅刻しても待ってくれない。
 採取したサンプルを3つの保冷バッグにぎっしり詰め込んだ。往路はステファン大尉と合流したので陸軍のトラックで来たが、帰りは1日2本の路線バスだ。朝早く学校へ行く子供達と一緒にバスに乗るために広場で待っていると、驚いたことにガルソン大尉がセンディーノ医師と共に見送りに来てくれた。

「想定外の騒動であなた方に多大な迷惑をかけてしまいました。」

 大統領警護隊とは思えない腰の低さでガルソン大尉が挨拶した。

「この村は普段は平和で暢んびりした場所です。港の積出があるので煩雑な印象を与えますが、休日は磯で魚を釣ったり、泳いだりして楽しめる海岸です。不便な所ですが、機会があればまた訪ねて来て下さい。」

 センディーノ医師も挨拶した。

「まるで大学にいる子供達が帰って来た様な気持ちで過ごせました。手術のお手伝いもしていただいて、本当に頼もしかったです。大尉が仰ったように、ここは良い村ですよ。また遊びに来て下さいね。」

 バスが埃を立てながらやって来た。テオ達はセンディーノ医師とハグし合い、ガルソン大尉とは握手を交わした。
 テオと握手した時、ガルソン大尉が囁いた。

「私は転属させられるかも知れません。次の指揮官がどんな人かわかりませんが、私は何処に行っても、キロス中佐に起きたことを調べ続けたいと思います。」
「気をつけて下さい。」

とテオも囁き返した。

「俺もラバル少尉一人の犯行とは思えないのです。くれぐれも用心して下さい。」

 バスは子供達が乗り込む間停まっているが、うかうかすると行ってしまいそうなので、別れの挨拶を切り上げて、大人達も乗り込んだ。ドアが閉まらないうちにテオはガルソン大尉に怒鳴った。

「カルロ・ステファンをよく指導して下さい。俺の将来の弟になるかも知れない男ですから!」

 ガルソン大尉が目を丸くした様に思えたが、ドアが閉まり、バスは直ぐに動き始めた。
 テオが座席に座ると、院生達が窓の外に手を振った。バスがガタガタ揺れながら坂道を登り始め、村が遠ざかっていった。

「先生、さっきの、何なんです?」

とカタラーニが尋ねた。

「さっきの、とは?」
「ステファン大尉が先生の弟になるって・・・」
「ああ・・・」

 テオはニヤリと笑った。

「彼の姉さんが美人なんだ。」




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