2022/01/31

第5部 山へ向かう街     1

  航空機でグラダ・シティに帰ると、到着は午後3時になった。早朝にサン・セレスト村をバスで出発して午前10時過ぎにオルガ・グランデに到着し、それから空港までは徒歩で10分。搭乗手続きに時間がかかり、空港で昼食、飛行機に乗って、やっと戻って来たのだ。
 3人はちょっと贅沢してタクシーで大学へ行き、遺伝子工学教室の冷蔵庫にサンプルを入れた。分析は早い方が良いのだが、週末だ。月曜日の午後から始めることにした。
 院生達を帰宅させ、テオは研究室で一人コーヒーを淹れた。椅子に座ってから携帯を出した。

ーー帰ったよ。

 相手はケツァル少佐だ。忙しければ返事はない。1分画面を見つめてから、彼は携帯を机の上に置き、コーヒーを啜った。メールが着信した。

ーー今夜はエル・ティティに帰るのですか?
ーーノ。 良ければ食事でもどう?
ーーOK。いつもの時間にいつもの場所で。

 少佐もすっかり素直になった。恐らく西海岸で起きた事件が文化保護担当部に伝えられることはないだろう。テオは彼女が要求しなくても語りたい気分だった。まだ何か残っている感じが拭えないのだ。
 夕方が待ち遠しかった。冷蔵庫の中をもう一度整理して、ふと心配になった。彼は携帯電話を出した。相手が出てくれるかどうかわからなかったが、掛けてみた。
 5回の呼び出しの後で、今朝別れたばかりの男の声が答えた。

ーー大統領警護隊太平洋警備室ガルソン大尉・・・
「テオドール・アルストです。」

 ああ、と相手が声を出した。

ーーどうかなさいましたか?
「貴方のお子さんの名前をお聞きしようと思って。もし採取したサンプルに貴方のお子さんの物が混ざっていたら、遺伝子分析の時にちょっと拙いでしょう?」

 ガルソン大尉はテオの言葉の意味を直ぐに理解してくれた。 テオが思った通り、子供達は母親の姓を名乗っていたので、教えてもらわなければ彼の子供のサンプルを判別出来なかった。テオは大尉に礼を言って、電話を切った。
 半分”ヴェルデ・シエロ”のガルソン大尉の子供達のサンプルに小さく印を付けた。廃棄しようかとも思ったが、数を確認した院生達に怪しまれるので、そのままにして分析の時に無視する項目に”シエロ”のゲノムを入れておくのだ。もしカタラーニが何か気がつけば、その家系の特性だと決めつけておこう。
 夕刻、テオは研究室を施錠して、文化・教育省へ行った。車は自宅にあるので(留守中はアスルが使った筈だ。)歩いて行った。
 定時になると、職員達がゾロゾロ退庁して来た。アンドレ・ギャラガ少尉が女性職員2人に挟まれて仲良く談笑しながら出てきた。テオに気がつくと、彼はちょっとバツが悪そうな顔をした。きっと女性達に口説かれていたのだろう。
 アスルはサッカーのユニフォームに着替えて出て来た。テオに気づくと近づいて来た。

「車を使って良いか?」
「スィ、構わない。潰すなよ。」

 最後の冗談に彼は、フンと言って、駐車場に歩き去った。
 ケツァル少佐は「コブ付き」で現れた。ロホが一緒だった。これはテオも想定内だったので、笑顔で1週間ぶりの再会を喜び合った。

「ついて行っても良いですか?」
「勿論さ。君にも聞いてもらいたい話があるんだ。」

 ケツァル少佐が笑顔なしで尋ねた。

「向こうで何かありましたか?」



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第11部  紅い水晶     14

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