2022/01/01

第4部 牙の祭り     33

  結局フィデル・ケサダ教授がセニョール・シショカの”砂の民”としての仕事に干渉した理由は、彼が息子の1人を失ったピア・バスコ医師に同情したからだと言う結論に至った。
 グラダ大聖堂を出たテオとケツァル少佐はムリリョ博士と別れ、ピア・バスコ医師の家に行った。まだ通夜は続いており、遺族は忙しさに哀しみから少し解放された様子だった。アスルはリビングの隅っこに座って、ビダル・バスコ少尉と時々話をしていた。ビダルは本部へ所持品を取り戻した報告をして、新しい制服を着て戻っていた。ケツァル少佐が入って行くと、2人が立ち上がって迎えた。少佐がビダルに外へと合図した。
 テオは車の中で待っていた。少佐がビダルを暗がりの中へ連れて行き、目を合わせた。ほんの一瞬だったが、情報は伝わった。ビダルは弟が不毛な恋をした挙句、道を踏み外してしまい、”砂の民”の制裁を受けたこと、恋敵に刺されて致命傷を負ったこと、その恋敵は”砂の民”に粛清されたことを伝えられた。真実は残酷だったが、ビダルは健気に受け止めた。
 少佐が優しい表情で彼に何か言った。きっと「泣いても良い」と言ったのだろう、とテオは想像した。しかしビダル・バスコ少尉は顔をきっと上げ、真っ直ぐ少佐を見て敬礼した。そして家の中に戻って行った。
 少佐が家の中をそっと覗き込み、部下に撤収の合図を送った。アスルが出てきた。ベンツで市内を走り、閉店迄まだ時間があるセルド・アマリージョに行った。店内は賑わっていた。ウェイトレスが3人忙しげに歩き回っていた。グラシエラ・ステファンはこの夜がバイトの最終日だ。いつもより多めに笑顔を振る舞っているかの様に見えた。ロホはカウンターの奥の端っこでビールをちびちび飲んでいたが、入り口に上官とアスル、テオが現れたので、飲みかけの瓶を持って彼等のテーブルへ移動した。

「解決しましたか?」
「無事にしました。」

 少佐がロホ、アスルの順で情報を”心話”で伝えた。

「あのおっさんが絡んでいたのか。」

とアスルが嫌そうに呟いた。「あのおっさん」とはセニョール・シショカのことだ。純血種のアスルはシショカの意地悪の対象から外れているのだが、建設大臣が少佐をデートに誘いたいと希望する度に文化保護担当部へやって来る私設秘書殿にうんざりしているのだった。勿論、シショカの人柄も好きでない。メスティーソの仲間を見るシショカの視線が大嫌いなのだ。カルロ・ステファンがいなくなった今、アスルはマハルダ・デネロス少尉とアンドレ・ギャラガ少尉を己が守らなければと意気込んでいた。
 ロホは報われない恋にがむしゃらに突き進んでしまった若者の末路を哀れに思った。きっと大統領警護隊のスカウトから漏れた時点で、ビト・バスコには兄に対する劣等感が生まれてしまったのだ。そうでなければ、憲兵が駄目なら大統領警護隊で、と言う発想は生まれない。憲兵だって市民から畏敬の目で見られている筈だから。

「スカウトも罪な人選をしたもんだ。」

とロホは呟いた。テオが囁いた。

「どうして、1人しか選ばなかったのだろう?」
「それは・・・」

 ケツァル少佐が小さく溜め息をついた。

「母親の為です。息子2人共を大統領警護隊に採ってしまったら、家族全員が揃うことは息子が引退する年齢になる迄ありませんから。」
「それじゃ、ビダルが憲兵でビトが警護隊と言う可能性もあったんだ・・・」
「恐らく、スカウトが目を見た時に、ビダルの方が警護隊への適性が高いと判定されたのでしょう。実際、先刻捜査結果を教えた時、ビダルは感情を昂らせたものの、自力で制御しました。弟が行方不明の時の探し方も冷静でした。常に庶民と接する憲兵隊にあの冷静さは時に障害となりますが、大統領警護隊では必要不可欠です。反対にどんな手段を用いてでも困っている人を助けようとしたビトの情熱は、市井で警備に当たる憲兵隊に必要でした。」
「ビト・バスコ曹長は運が悪かったんだな。相手があの男で、女性も彼にふさわしくなかった。」

 少佐がグラシエラを呼び、ウィスキーのグラス4つを注文した。お酒が来ると、彼等はそれぞれの手にグラスを持った。少佐がグラスを掲げた。

「ビト・バスコ曹長に。」

男達が声を合わせた。

「ビト・バスコ曹長に。」


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