2022/01/04

第4部 花の風     1

  新学期が始まってもう直ぐ1ヶ月経つ。セルバは乾季だ。乾季と言っても砂漠の様に乾き切るのではなく、雨が降る時間が短いと言うだけだが。空気も少しだけ爽やかだ。
 土曜日の午後、テオは公園の芝生の上に寝転がってシエスタを楽しんでいた。大きな木がそばに生えていて、涼しい木陰を作っていた。彼の横でケツァル少佐もお昼寝をしているのだ。それがテオに幸福感を呼び込んでいた。
 土曜日は大統領警護隊文化保護担当部の軍事訓練の日だ。しかし、その日部下達は集合時間に集合場所に集まらなかった。
 ロホことアルフォンソ・マルティネス中尉はオルガ・グランデ陸軍基地に出張だ。水脈の変化で旱魃で悩んでいた北部のサン・ホアン村の移転が正式に決定し、新しく引っ越す場所で悪霊祓いを行い清める、と言う重大な任務を帯びて旅立った。彼の実家マレンカ家の役目なのだが、大統領警護隊は内務省と建設省から儀式の依頼を受けた時、「うってつけの人員がいる」とロホに白羽の矢を立てたのだ。それでロホは週末に重なることも利用して、なんと! グラシエラ・ステファンに「故郷へ一度遊びに行ってみないか?」と大胆にも声を掛けた。グラシエラは母親にお伺いを立て、許しを得て、彼と共に出かけた。勿論、夜の宿泊は、彼女がホテルでロホは基地だ。真面目なロホらしく、そこのところはきちんとケジメをつけている。
 アスルことキナ・クワコ少尉は所属チームのサッカーの試合があるので軍事訓練をパスした。サッカーはセルバ人にとっても重要なスポーツだ。大統領警護隊にもチームが2つあり、ロホは既に引退してしまったが、アスルはまだ現役で頑張っている。サッカーの試合に超能力を使うのはご法度なので、気を抑制する訓練となる。 司令部も若い隊員にサッカーを推奨しているのだ。
 アスルがサッカーをするので、当然後輩のアンドレ・ギャラガ少尉も引っ張られてチームに入った。だから彼もサッカー休暇だ。ケツァル少佐は文句を言えない。例え補欠でも選手として控えに入っていなければならないから。
 男達が軍事訓練を休んでしまったが、マハルダ・デネロス少尉は勤務中だ。彼女はオクタカスの遺跡にいる。発掘作業は週末休みなのだが、監視は休みがない。恐らく彼女はジャングルの中を探検しているのだろう。携帯電話がつながる様になったので、衛星電話の順番待ちをする必要がなくなり、彼女は毎日定刻に報告を入れる。模範的な監視役だ。
 部下達がいないので、指揮官ケツァル少佐は暇なのだ。だから、テオは初めて彼女とデートらしいデートを楽しんでいた。朝、彼女のジョギングに付き合い、(フルマラソン並の距離を走らされた。)ランチを取って、公園でお昼寝中だ。少佐は日陰で場所を確保すると、腰を下ろしたテオの横で何度も体の位置を変え、納得できる姿勢を求めてクルクル動き回った。そして最終的に彼の膝を枕に横になって寝てしまった。
 少佐が安心してお昼寝してくれることは、彼を信頼してくれている証拠だ。テオは動けなかったが、幸せな気分で我慢していた。

「ハロー!」

と英語で声を掛けられた。顔を上げると、少し離れた位置に立っている白人の男性がいた。年齢は30代半ばか? 栗色の髪と青い目をした鼻筋の整った、身長もそこそこあるスポーツマンタイプの男だった。筋肉も鍛えているのか、Tシャツの上からもその逞しさが窺えた。

「アメリカ人ですか?」

と訊かれたので、テオは答えた。

「セルバ人です。生まれはアメリカですが。」

 男はケツァル少佐を見た。

「成る程。」

と呟いた。セルバ美人と結婚してこの国に住み着いたか、そんな印象を持ったのだろう。
 テオは少佐を起こさない様に慎重に上半身を起こした。

「観光客ですか?」

と逆に質問すると、男は「ビジネスです」と答えた。

「先週来たばかりです。1ヶ月滞在する予定ですが、暑くてね。もう音をあげそうですよ。」

 男は苦笑した。そして手を差し出した。

「ロジャー・ウィッシャーです。」

 テオは手に付いた芝を払い、その手を握った。

「テオドール・アルストです。名前をスペイン風に改めました。」

 握ったその手は力強く、軍人達と普段付き合っているテオは、その男も同類なのでは、と思った。しかし敢えて相手の職業を尋ねなかった。代わりに言った。

「セルバでは握手を求めても応じてもらえないことが多いですが、気を悪くなさらない様に。彼等の風習に握手はないのです。」
「ええ、最初に戸惑いましたが、なんとか慣れてきました。」

 ウィッシャーは苦笑した。そして、「良い週末を」と言って、歩き去った。
 テオが、彼の姿が芝生の丘の向こうに消える迄見ていると、膝の上で少佐が囁いた。

「さっきの人は軍人ですね。」


 

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