2022/02/13

第5部 山の街     10

  ケサダ教授はテオとケツァル少佐を1軒の居酒屋へ連れて行った。店はまだ日が高いからと言う理由ではなく、日曜日なので休業していた。教授は慣れた様子で鍵がかけられているドアを開き、2人を中に招き入れた。ブラインドを通して陽光が差し込み、屋内は明るかった。厨房に近いテーブルで年配の男性が数人カード遊びをしていたが、教授が「場所を借りる」と一言言うと、素早く立ち上がり、店の奥に姿を消した。
 少佐は彼等の関係を敢えて訊かずに、男達が使っていたテーブルの隣に腰を降ろした。それでテオも座ると、教授が厨房から冷えた水の瓶を3本持って来た。
 椅子に腰を落ち着かせると、彼はテオと少佐を見た。

「さて、何があったのか、教えて頂けるかな?」

 それでケツァル少佐が”心話”で知り得た情報を彼に伝えた。指導師の試しを終えたカルロ・ステファン大尉が太平洋警備室に派遣され、そこで指揮官カロリス・キロス中佐が心の病に罹っていることを部下達が本部に隠していることを知ったこと、ステファンの祓いを受けた中佐と部下のフレータ少尉が、同じ部下のラバル少尉によって気の爆裂で暗殺されかかったこと、ラバルは逮捕され、キロス中佐は”心話”で3年前にアスクラカンで起きたことを告白したこと。

「キロス中佐は3年前エル・ティティで起きたバス転落事故に関係していると思われる証言をしましたが、その部分の記憶だけが酷く曖昧で、実際のところ、バスに何が起きたのか判然としません。バス事故の唯一人の生き残りであるドクトル・アルストはどうしてもその部分を知りたいと思っているのです。」

 テオも言った。

「俺の記憶でその部分だけが抜け落ちて、何も思い出せません。俺はどうしても知りたい。何故37人の人々が死ななければならなかったのか、知りたいのです。」

 ケサダ教授は遠い過去の出来事を聞いている、そんな顔だった。無理もない、彼は事故に関して、全く無関係だったのだから。

「つまり、その女性中佐は部下の男性が同性の恋人と会っていた場面に遭遇し、逆上して彼等と口論になった。恋人の男が気の爆裂で彼女を打ちのめした。」
「スィ。」
「まず、それは大罪です。気の爆裂を人間に向けて使うことは禁止されています。」
「知っています。それは、サスコシ族の男の罪です。キロス中佐はもっと大きな罪を犯した可能性があります。」
「彼女はダメージを受けた脳を抱えたまま、バスに乗り込み、一族の者の血液を外国に売却した疑いのある医師に検査を受けた人間の名簿を出せと迫ったと、あなた方は考えたのですね?」
「スィ。そして医師に拒まれ、名簿を気の力で焼き払おうとした。しかし脳は傷ついていた。だから彼女は人間に火を点けてしまった・・・どうでしょう? 俺の推理はおかしいですか?」

 ケサダ教授がケツァル少佐に視線を向けた。

「キナ・クワコをその瞬間に跳ばしたりしていませんね?」
「していません。」
「ふむ・・・」

 教授はテオに視線を戻した。

「何故貴方は助かったのです?」
「俺もそれを知りたいです。」
「キロスも助かった。」
「彼女がバスに乗っていたなんて知りませんでした。昨日初めて知ったのです。それも、彼女を打ちのめしたサスコシの男が教えてくれたのです。彼女の記憶にはバスに乗ったことが残っていない様なので・・・」

 少佐が頷いた。

「キロス中佐は、ラバル少尉の恋人に車でバスを追いかけてくれと言いました。そこまでの彼女の記憶は私に読み取れました。しかし、その後のことは彼女の記憶が混沌として、どうしても読めませんでした。仕舞いには私自身が頭痛に襲われて、先に進めませんでした。」
「呪いがかかった脳の記憶など、読まない方がよろしい。」

とケサダ教授は言った。いつもの様に淡々としている。それがこの人の生来の性格なのか、それとも養父ムリリョ博士に厳しく仕込まれた結果なのか、テオにはわからなかった。ただ、彼の目の前に座っている男は、現代のセルバ共和国で生きている”ヴェルデ・シエロ”の中で最強の超能力者なのだ。その大きな力を保持していることで、彼は余裕を抱いているのかも知れない。
 暫く考え込んでいたケサダ教授が視線を上げた。

「キロスがバスに乗ったのはどの辺りでしたか?」
「エル・ティティです。」
「誰か彼女がバスに乗るのを目撃しましたか?」
「それはロホがサスコシの男ディンゴ・パジェから証言を取りました。」
「”心話”で?」

 え?とテオは返事に窮した。ロホからの報告にもギャラガからの報告にも、そこのところは口頭になっていた。いや、ディンゴ・パジェは個人情報を洗いざらい知られるのを嫌って、全て口頭で証言したのだ。
 ケツァル少佐もそれを思い出し、いきなり彼女は不機嫌になった。

「私の部下達は詰めの甘い人間ばかりです。」

と彼女は悔やんだ。ケサダ教授は教え子達の失敗を無視した。元より文化保護担当部の捜査は非公式で彼等が土曜日の軍事訓練として独自に行ったものだ。少佐が「失礼」と断って、店舗の隅っこへ行った。そこで電話を出して、誰かにかけた。恐らくロホかギャラガに尋問方法の確認をとっているのだ。
 テオは溜め息をついた。真相に近づきそうになると逃げられる、そんなことの繰り返しに思えた。
 教授が彼に尋ねた。

「昨日病院にいたと言うピューマに貴方は顔を見られましたか?」
「見られていないと思いますが、確信出来ません。」

 そしてテオの方からも尋ねた。

「貴方は”目”や”耳”から今回の事件を何も聞いていらっしゃらないのですね?」

 すると教授は苦笑した。

「私はこの街ではそんな手下を持っていません。」
「では、さっきのミラネスと言う人は?」
「彼は市役所の職員です。西部地方の遺跡を発掘する時に、うちの学生達に色々と世話を焼いてくれる親切なお役人ですよ。」

 多分、ムリリョ博士の”目”か”耳”なのだ、とテオは思ったが、それ以上突っ込むのは止めた。
 少佐がテーブルに戻って来た。

「ロホに、本部へ報告する際に、口頭での証言であると必ず付け足すよう注意しておきました。」

 教授が笑った。

「証言を取ったと聞くと、すぐに”心話”で得た情報だと思い込む、一族全体の悪い癖だ。」

 少佐が赤くなった。

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