カロリス・キロス中佐の処分に関する情報を聞かないまま、1ヶ月過ぎてしまった。テオの中ではシコリが残っていた。バス事故の真相への手がかりがすぐ目の前で途切れてしまったのだ。彼はそのやるせない気分を忘れるために仕事にのめり込んだ。学生も大学事務局も、アルスト准教授がそれまでにない程熱心に研究に励むのを見たことがなかったので、驚いた。学生達とも熱心に語らい、内務省からのアカチャ族遺伝子の分析に関する質問状にも長い講義を行って、役人の頭を混乱させ、2つの部族の間に遺伝的な親戚繋がりはないと断定して見せた。
「あるとしたら、東西の交通が盛んになった今世紀の婚姻によるもので、少なくとも1世紀以上前にはこの部族間に交流はなかった。」
内務省は仕方なく、アカチャ族とアケチャ族にそれぞれ保護政策助成金を出すことを決めた。そのニュースはサン・セレスト村にも、南部国境にも届いたのだろう。テオは村の診療所のセンディーノ医師と、ブリサ・フレータ少尉からそれぞれお礼の電話をもらった。
「別に俺の手柄じゃないですよ。元々両方の部族に交流がなかったと言う証明をしただけですから。」
フレータ少尉からは、思いがけない情報があった。
ーーキロス中佐からお手紙をもらいました。
「中佐から?! 彼女は元気なのか?」
ーースィ。現在は退役されて、グラダ・シティ郊外の家にお住まいです。子供達に体操を教える仕事をされているそうです。
「じゃ、体も治ったんだ!」
ーースィ。私に、もし大統領警護隊を辞める時は、仕事を手伝って欲しいと書いてありました。私はまだ退役するつもりはありませんが。
「君の仕事は厳しいかい?」
ーー楽ではありませんが、日々充実しています。大勢と喋って暮らすのは楽しいですね。
閉塞した村の厨房で一日一人で働いていた女性が、今頃きっと活き活きと南の国境で走り回っているのだろう。
キロス中佐の無実が証明されたに違いない。と言うことは、バスを転落させたのは、ディンゴ・パジェと言う男だったのだ。テオは少しだけ気分が楽になった。
その件に関する、少し詳細な事実を知ったのは、フレータ少尉と電話で話をした2日後だった。
テオは大学のカフェでシエスタをしていた。ベンチで昼寝をしている彼の頬に誰かが葉っぱでちょっかいをした。目を開くと、グラシエラ・ステファンが微笑んで見下ろしていた。
「アルスト先生、お客さんですよ。」
顔を動かすと、背が高いほっそりとした若い男が立っていた。
テオは上体を起こした。
「エミリオ!」
「ブエノス・タルデス。」
エミリオ・デルガド少尉は私服姿だった。彼はグラシエラを振り返り、
「案内を有り難う。」
と言った。グラシエラは頷き、笑顔でテオに手を振って歩き去った。本当にデルガド少尉を案内して来ただけのようだ。
テオがそばの椅子を指すと、デルガドはそこに座った。
「本当は別の人を訪ねて来たのですが、今日は大学に出ておられなかったので、貴方を探していました。」
「別の人?」
デルガドは周囲をそっと見回してから答えた。
「考古学の先生です。」
ああ、とテオは頷いた。
「ケサダ教授以下当大学の考古学部の教授陣は、今日セルバ国立民族博物館の新館完成披露式に出かけているんだよ。」
「そうでしたか・・・警護隊にはそんな情報が来なかったもので・・・」
デルガドは頭を掻いた。
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