2022/02/14

第5部 山の街     14

 「ロホの料理が不味いと言うことはありません。」

 アスルが帰宅するカーラの見送りに部屋の外に出た時に、ケツァル少佐が言った。

「ただマレンカ家の味付けは独特なのです。ね、ロホ?」

 彼女に話を振られて、ロホは渋々言い訳した。

「実家は祈祷師の家柄なので、食事に香辛料を色々とたっぷり入れるのです。人によっては辛すぎると感じるようで・・・」
「薬の味が強いものもあります。」
「あれは滋養のハーブを大量に・・・」

 テオとギャラガは笑った。

「まさか、それをグラシエラに振る舞ったんじゃないよな?」
「・・・」
「彼女に食べさせたのか?」
「彼女は美味しいと言ってくれました。」

 その場面を想像して、またテオ達は笑った。
 アスルが戻って来た。彼が席に着くと、少佐が、「では」と言った。事件の報告会の始まりだ。一同は座り直した。

「元太平洋警備室所属のホセ・ラバルは免官され、少尉の地位を剥奪されました。気の爆裂を用いて指揮官カロリス・キロス中佐の暗殺を図り、同中佐とブリサ・フレータ少尉を負傷させた罪で、終身禁固刑を言い渡されました。」
「終身禁固刑?」

 テオの発言に、ロホが説明した。

「本部の地下にある牢獄に死ぬ迄閉じ込められます。」

 テオは沈黙した。未遂に終わった暗殺だが、超能力で人を殺害しようとすること自体が、重い罪と見做されるのが”ヴェルデ・シエロ”の掟なのだろう。その証拠にアスルもギャラガも反応しなかった。

「カロリス・キロス中佐の処分はまだ審議中です。と言うのも、彼女が3年前のバス事故にどれだけ関わったのか、はっきりしていないからです。但し、指揮官職は更迭され、新たな指揮官が既に派遣されました。」
「ディンゴ・パジェは長老の元に出頭していないのですか?」

とギャラガが尋ねた。その声には、初めからあの男を信用していませんよ、と言う響きが込められていた。ロホの方は失望した表情だったが、何も発言しなかった。

「ディンゴ・パジェは逃亡しました。遊撃班が彼を追跡しています。彼の親族はサスコシ族長老会の監視下に置かれています。彼等はディンゴが接触すればすぐに大統領警護隊に通報する義務を負わされました。もし守らなければ反逆罪に問われます。」
「ディンゴを追跡しているのは大統領警護隊だけかい?」

 テオの質問に、少佐は「ノーコメント」と言った。”砂の民”が動いているのかどうか、それは大統領警護隊に知らされないのだ。テオは不満だったが、口を閉じた。
 少佐が続けた。

「ホセ・ガルソン大尉は更迭されました。太平洋警備室は厨房のカルロ・ステファン大尉以外隊員全員が入れ替えられました。ガルソンは中尉に降格され、本部警備班車両部に本日付で転属となりました。」

 車両部が左遷部門である筈はないが、指揮の副官だった人間にとっては屈辱だろうとテオは思った。大統領府で働く人々の自動車の整備・管理をして、時には運転手も務める部署だ。それにガルソンは故郷から遠い首都で勤務するのだ。家族はどうなったのだろう。しかし、そこまでの報告はなかった。

「ルカ・パエス中尉は少尉に降格。彼は北部国境警備隊に転属しました。太平洋警備室にいたので、恐らく海上警備になるでしょう。実際に船に乗るので、地上で勤務していた太平洋警備室の人間にはきついかも知れません。」

 北部国境は砂漠と海岸を警備する。パエスは砂漠を希望したかも知れないが、懲戒処分なので希望が叶えられる可能性は低い。

「ブリサ・フレータ少尉は降格はありませんが、南部国境警備隊の厨房係に転属です。隊員は大統領警護隊と陸軍の混合編成ですから、大所帯です。収監した密入国者の世話も厨房係の担当ですから、忙しい部署です。」

 フレータは自ら希望したのだ。彼女は一番格下だったので、上官達が降格され厳しい戒めを受けた分、罪が重くならずに済んだ。しかし新しい任地の仕事は決して楽ではない。南部国境はサン・セレスト村と違って湿気が多く暑い地域だ。西部高地で生まれ育った彼女にはきつい生活が待っている。

「もし、キロス中佐がバス事故に関わっていたら、どんな処分になるんだ?」

とテオは訊いてみた。気の爆裂を受けて脳にダメージを受けた状態で37人の命を奪ってしまったとしたら、どこまで司令部は彼女の言い分を受け容れてくれるだろうか。

「どんな状況であれ・・・」

とアスルが言った。

「大勢の市民を死なせたんだ。極刑は免れない。」

 ギャラガも呟いた。

「噂で聞いた限りでは、生きながらワニの池に放り込まれる。」

 少佐が溜め息をついた。

「恐らく、それはディンゴ・パジェが負うことになるでしょう。」

 ロホが囁いた。

「ディンゴは”砂の民”に捕まるのと、遊撃班に捕まるのと、どちらがましか、考えているでしょうね。」
「自殺するなんてことはないよな?」

とテオは心配した。

「彼が真相を語らないと、キロス中佐が極刑に処せられてしまう恐れもあるだろう?」
「それを司令部は一番危惧しているのです。」

 テオはふと顔を上げた。

「ディンゴ・パジェの罪を一番最初に察知した”砂の民”は、あの人だ。」

 ロホ、アスル、ギャラガが彼を見た。少佐が天井を見上げた。

「彼の手下がどれだけ早く彼を見つけ出すか、それが問題です。」

  

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