テオが毎週末の帰省からグラダ・シティに戻る時に乗車するバスがもうすぐオルガ・グランデを出発すると言うので、ケサダ教授は急いで休業中の居酒屋を出てバスターミナルへ歩き去った。テオとケツァル少佐はエル・ティティから車で来たその日にその3倍の距離をバスで戻る気分になれなかったので、再び”入り口”を探して歩いた。
「ケサダ教授はムリリョ博士に太平洋警備室の事件を伝えるかな?」
とテオが呟くと、少佐は「どうでしょう」と言った。
「今回の事件は教授が担当する仕事ではありませんし、博士にも無関係です。長老会のメンバーとして報告を受けることはあるでしょうが、事件が完結してからになるでしょう。それにサン・セレスト村で起きた事件は大統領警護隊が関わっています。”砂の民”は優先権を持ちません。」
「本部に護送されたラバル少尉は、バス事故の真相をどこまで知っているのだろう。まさか恋人の罪を一人で背負ってしまうつもりじゃないだろうな。」
「キロス中佐の記憶を内部調査班がどこまで引き出せるかで、少尉の審判の行方が変わることは確かです。ディンゴ・パジェがどこまで正直になれるかで、少尉の未来が決まるでしょう。」
テオはサン・セレスト村で会ったホセ・ラバル少尉の顔を思い出した。無口で硬い寂しい表情をした男だったな、と思った。同性を愛するのは彼の自由だ。ただ彼は軍人で、セルバ共和国の軍隊はまだ同性愛を認めていない。上官に知られたら除隊処分になると覚悟の上でディンゴ・パジェと交際していたに違いない。そして遂に上官に見つかった時、その上官は彼に密かに恋をしていた女性だった。そこから彼等の悲劇が始まり、路線バスに乗った37人の命を奪う大惨事に発展した。そしてその事故がテオ自身の人生を変えた。
「何だかどっと疲れを感じた。」
テオはグラダ大学の研究室にある冷蔵庫の中身を思い出し、気が重くなった。
「明日からアカチャ族のD N Aを分析しなきゃいけない。」
「助手に任せられないのですか?」
彼はあくびを噛み殺した。
「そうしよう。カタラーニとガルドスにやらせて、論文の代わりにする。俺は昼寝する。」
レンタカー屋の前に来ると、驚いたことにアスルが店から出て来た。敬礼を交わしてから、少佐が彼に尋ねた。
「サン・セレスト村は近かったのですね?」
「まぁ・・・」
暴走族並みにスピードを出すアスルは頭を掻いて、チラッとテオを見た。
「殆ど1本道でしたから。」
「ステファン大尉は臨時指揮官を上手くこなしていましたか?」
「大丈夫だと思いますよ。ガルソン大尉とパエス中尉でしたっけ? 残っている2人のブーカ族と役割分担して3人で太平洋警備室を回しているようです。」
「オエステ・ブーカ族って言うそうだね。」
とテオは口を挟んだ。
「オルガ・グランデ周辺に住み着いたブーカ族らしい。グラダ・シティのブーカ族とどう違うのかわからないけど。」
するとアスルはちょっと笑った。
「見た目は同じだ。グラダ・シティのブーカ族は政治にかなりの人数が関わっている。それも国政だ。セルバ共和国を動かしているのは彼等と言っても良いくらいだ。反対にオエステ・ブーカは権力闘争で負けた派閥の子孫で、農民だ。多分オルガ・グランデの市政に殆ど参加していない。オルガ・グランデはどちらかと言えば”ティエラ”の街なんだ。」
すると少佐が部下に要請した。
「帰京しようと思いますが、”入り口”が見つかりません。一緒に探してくれます?」
アスルが上官を見た。そしてちょっと首を傾げた。
「少佐、貴女の後ろに大きな”入り口”が開いていますが・・・」
ケツァル少佐は傷ついたフリをした。
「知っています。でもこんな人通りの多いところで消えたり出来ませんよ。」
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