2022/02/14

第5部 山の街     13

  グラダ・シティに帰って3日間、テオは本業に没頭した。カタラーニもガルドスも論文代わりになると言う「餌」に釣られて遺伝子の分析に精を出した。そしてイグレシアス内務大臣の思惑に反する結果を出すことに成功した。

 アカチャ族とアケチャ族は遺伝子的に見て血縁関係が遠い別々の部族である。

 報告書を内務省に提出して、サン・セレスト村遺伝子分析チームは解散した。木曜日の午後、ケツァル少佐からメールが届いた。夕食のお誘いだった。場所が彼女の自宅だったので、これは週末のサン・セレスト村事件の捜査状況の報告だな、と彼は予想した。
 宴会ではないが一応招かれている側としてワインを買って持って行った。車は自宅に置いて歩いて行くのだが、アスルも呼ばれているとわかったので、やはり報告会だなと得心した。

「何度も集まるのは良いけど、マハルダが除け者になっていると拗ねたりしないかな。」

と心配すると、アスルが「けっ」と言った。

「彼女は任期が終われば思い切り少佐に甘えるさ。」

 少佐のアパートには既にロホとギャラガが到着しており、家政婦のカーラの手伝いをしていた。アスルはカーラの手伝いは己の役目だと自負していたので、ちょっとむくれた。

「たまにはゆっくりしろよ。」

とロホが弟分に言った。

「君は最近働き過ぎだ。マハルダの分まで事務仕事をしているんだからな。」

 大統領警護隊の男3人がキッチンで働いているのを見ると、テオも何かするべきかと不安を感じた。しかし、キッチンはカーラも入れて4人でいっぱいだ。参加すると却って邪魔になると気がついて、彼は客の立場に徹することにした。
 ケツァル少佐は主人だし上官なので、ソファに女王様然として座っているだけだ。テオが向かいに座ると、彼女が囁いた。

「フレータ少尉が退院して太平洋警備室に戻ったそうです。」
「早かったな。転属はまだかい?」
「事件処理が終わる頃に処分が決定します。それまでは、元の任地で勤務です。」
「フレータは国境警備隊を希望したが、ガルソン大尉とパエス中尉は村に家族がいるから転属は厳しいだろうな。」

 しかし少佐はそんな同情をしなかった。

「本部に嘘の報告を3年間続けたのです。転属は優しい方ですよ。免官や不名誉除隊もあり得るのです。もし転属になれば家族を一緒に連れて行けば良いのです。」
「ガルソンは、家族は村にいる身内が面倒を見てくれると言っていたが・・・」
「懲罰処分を受けた軍人の妻子がどんな気持ちで村で暮らしていけると思いますか?」

 テオは黙り込んだ。大統領警護隊司令部が、3年間嘘の報告を続けた太平洋警備室に対してどんな裁定を下すのか、誰にも分からない。だが、嘘を見抜けなかった本部も、いい加減だったんじゃないか、と彼は思った。
 料理がテーブルの上に並ぶと、食事が始まった。乾杯はなしだ。しかしワインは振る舞われた。みんなカーラの料理を褒め、家庭料理をじっくり味わった。

「そう言えば、ロホも指導師の資格を取っているから、厨房で修行したんだな?」

とテオが話を振ると、ギャラガがへぇっと上官を見た。

「ロホ先輩の料理をまだ食したことがありません。」
「そのうちに・・・」

とロホが話を終わらせようとすると、アスルが呟いた。

「試さない方が良いぞ、アンドレ。大尉の料理は罰ゲーム用だ。」

 何だよ、とロホが彼を睨みつけた。少佐がクスクス笑い、テオはアスルの言葉の意味を考えた。

「料理は下手なのか、ロホ?」
「人には得手不得手があります。」

 ロホはそう言いつつ、アスルにオリーブの実を投げつけた。


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