2022/03/14

第6部 水中遺跡   25

   ヴェルデ・シエロの一部族マスケゴは人口が少なく、純血種を保っている家系はほんの5家族しかいない。他は別の部族との婚姻で部族間ミックスが進んでおり、ヴェルデ・ティエラとの間に生まれた子孫の数の方が彼等より遥かに多いのが現状だ。それ故、マスケゴ族の純血至上主義者は部族間ミックスの存在に関しては煩く言わない。現実主義者なのだ。
 マスケゴ族は昔から建築関係を主に司どって来た。技術者集団だったのだ。だからセルバがスペインの統治下に入った時も、スペイン人に使われて都市の建設に従事した。時代が進み、ヨーロッパの植民地支配が揺るぎ始めた頃になると、マスケゴ族は得意の”操心”を用いて雇い主である企業の経営陣に少しずつ食い込んでいった。そしてセルバ共和国独立と共に会社を乗っ取ってしまった。現在セルバ共和国に基盤を置く大手建設会社3社はそれぞれ経営者がマスケゴ系のセルバ人であり、そのうちのロカ・エテルナ社は純血種のマスケゴ族が経営していた。
 スペイン人の創業者から経営権を奪い取ったその名もロカ・デ・ムリリョは会社をより大きく成長させた。彼は子がなかったので、甥に跡を継がせようとした。ところが彼の実妹の息子で彼の唯一人の甥ファルゴは古代建築を学ぶうちに考古学にのめり込んでしまい、結局ロカはファルゴの長男アブラーンを教育して経営権を渡し、この世を去った。
 アブラーン・シメネス・デ・ムリリョは若いうちから経営者としての才能を発揮させ、父ファルゴが考古学にのめり込んで費やしてしまった財産を立て直し、一家をマスケゴ族の有力者の座に戻した。だから彼の兄弟姉妹、一人の実弟と3人の姉妹達は彼に逆らわないし、末の妹の夫で父親が故郷のオルガ・グランデから拾って来て育てた義理の弟も彼に忠実だ。
 アブラーン・シメネス・デ・ムリリョは義理の弟が己よりも強い能力を持っていることを少年時代に既に察していた。実弟や姉妹達はわからない様だったが、フィデルは幼いながらに上手に己の能力を隠していた。それはつまり、ママコナと赤ん坊の頃から自在に意思疎通が出来たことを意味しており、そんなことが出来るヴェルデ・シエロは純血種でも限られた能力者だけだった。
 フィデルがムリリョ家に来て間もなく”オルガ・グランデの戦い”が始まった。逃亡した純血のグラダ族シュカワラスキ・マナと一族の戦いだった。その時、アブラーンは父親が母親と話しているのを偶然立ち聞きしてしまった。父親はある疑問を抱いたことを母親に打ち明けたのだ。
ーー何故ママコナはあれが純血種であることを一族に打ち明けないのか?
 アブラーンはシュカワラスキ・マナのことかと思ったが、そうでもないらしい。母親がこう答えたのだ。
ーーママコナはあの子の母親の希望を受け入れ、あの子がマスケゴとして生きることを承諾なさったのでしょう。
 アブラーンは悟った。彼等の家で育てられている男の子は純血のグラダなのだ、と。何故ママコナが彼の母親が言った言葉通りに考えたのか、その当時少年だったアブラーンは理解出来なかった。しかし彼を兄と慕ってくるフィデルを守らなければと言う思いは確かなものだった。ママコナの希望の真意を悟ったのは、父親に家督を譲られた際に”心話”で伝えられた一族の”汚点”からだった。皆殺しにされたミックスのグラダ系の村の生き残りが産んだ子供。村を殲滅させたのは、”砂の民”だ。そして父もその一員だった。決して口外してはならない父の秘密だった。父親は自ら爆弾を懐に抱えて生きていた。もしフィデルが全てを知って激昂すれば、家族全員、悪くすれば都市一つ滅ぼされてしまう。アブラーンはそれを想像した時戦慄を覚えた。
 しかし、成年式で全てを知ったフィデルは一族の決定を許した。それよりも彼自身にもっと深刻な悩みが生じたからだ。アブラーンは彼に約束した。
ーー一生お前を守ってやる。だからお前も我ら家族を守れ。
 フィデルは義理の兄に約束を守ると誓った。そして力の強さを奢ることなく、養ってくれた家族に忠実に仕えている。
 サン・レオカディオ大学考古学部がクエバ・ネグラ沖の海中遺跡発掘の許可を取ったとフィデル・ケサダが報告した時、アブラーン・シメネス・デ・ムリリョは心穏やかでなかった。フィデルも大統領警護隊も知らないことだが、あの海に沈んだヴェルデ・ティエラの街には構造上ある秘密があった。それは建築技術者集団マスケゴ族の旧家家長にのみ伝えられている秘密だ。ファルゴはフィデルにも次男にもそれを教えず、掟を守ってアブラーンにのみ伝えていた。カラコルの街が沈んだ時、その秘密も崩壊した筈だ。しかしそれを証明するものがなかった。もしその秘密がまだ生きていて、モンタルボがそれを見つけてしまうとどうなるのだろう。ヴェルデ・シエロの秘密を守る為に”砂の民”の活動を長老会に依頼しなければならないのか。それとも一族にとって無害なのか。
 アブラーンはさりげない風を装って義弟に尋ねてみた。

「お前の研究室ではその遺跡を調べないのか?」

 フィデルは「ノ」と答えた。

「海中遺跡は私の研究室の専門外です。それにカラコルは私の研究テーマの陸路の交易ルートから外れています。」

 父親の専門はミイラで水に入らない。融通の利かぬ考古学者どもめ、と心の中で悪態をつきながら、アブラーンはモンタルボ教授の発掘隊に潜入させる人員を探し始めた。


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