2022/03/13

第6部 水中遺跡   24

  サン・レオカディオ大学考古学部が2度目の発掘許可申請を文化・教育省文化財遺跡担当課に提出したのはそれから1ヶ月後だった。予想以上に早い展開でスポンサーを見つけたのだ。相手は隣国でも海洋レジャー施設を建設しているアメリカ資本の観光業者ビエントデルスール社で、サン・レオカディオ大学の発掘作業を海上で見学出来るクルーズを許可することが条件だった。そして発掘が休止するシーズンには、遺跡そのものを潜水して見学するツアーも認めて欲しいと要求を出していた。モンタルボ教授はクルーズやツアーのコースが国境を越えるものであることを心配したが、観光業者はそちらの件は自分達の方で両国政府関係省庁に許可申請すると言った。既に国境を跨いだクルーズコースを持っている業者であったし、国境警備隊とも良好な関係を築いてきた実績がある会社だったので、モンタルボ教授は腹を括り、スポンサー契約を結び、セルバ共和国文化・教育省に発掘許可申請を出したのだ。
 南国と雖もクリスマス休暇は大事だ。その長い連休前に出された申請に、文化・教育省文化財遺跡担当課のお役人達はちょっと焦った。休暇を跨いで持ち越すと、文化・教育大臣は機嫌が悪くなる。決裁に時間を掛けることを嫌う人だった。文教大臣に合否の署名をもらう前に、大統領警護隊文化保護担当部の承認を取るところまで持って行かねばならない。ビエントデルスール社の信用を根拠に早々と申請を受理し、助成金給付の検討に入った。同時に遺跡発掘許可申請を大統領警護隊に回した。
 海で休日を過ごすのが好きな窓口担当のアンドレ・ギャラガ少尉は、水中発掘作業の装備品の目録を見て、知り合いの海中作業士に電話で問い合わせた。海中作業士は海に潜って工事や建築用調査を行う仕事をしているので、モンタルボ教授の申請書に書かれた装備品目録を検討して、ほぼ合格と判定した。モンタルボ教授が事前にビエントデルスール社と相談して立てた計画書だったから、当然だった。それでギャラガはデネロス少尉に発掘調査隊の警護について相談した。デネロスは海での発掘を監視した経験がなかった。それで大学の恩師であるケサダ教授に連絡を取り、海外の海中遺跡調査を経験している団体を紹介してもらった。デネロスはスペインの考古学者に電話をかけて、出土品の管理や作業員の安全管理はどうだったかと質問した。スペイン人は海の上での監視はなかったが、陸上で出土品の検査を受けたと答えた。遺跡から引き揚げた出土品は遺跡がある国のものなので、考古学者と言えど無断で国外に持ち出せない。出土品は当該国の政府が管轄する文化機関に預けられたと言うことだった。
 デネロス少尉が付けた監視案と共に申請書はロホに回された。ロホは海上警備の立案経験がまだなかったので、北部国境警備隊に電話をかけた。勿論大統領警護隊のオフィスだ。クエバ・ネグラのオフィスからの回答は、海賊対策は沿岸警備隊の担当だと言うことだった。ただ発掘隊に密入国者が混ざる可能性もあるので、海から戻って来る調査隊の監視は行うと国境警備隊は言った。出土品の盗難チェックは文化保護担当部に任せるとも言った。密入国者への警戒は国境警備隊本来の職務なので、文化保護担当部が立てる予算に費用は入らない。海賊対策も沿岸警備隊が常時行なっている仕事なので、これも省略出来る。ロホはこの発掘調査に関する予算として、港で待機して出土品の監視をする文化保護担当部の日当を計算して、ケツァル少佐に申請書を回した。
 ケツァル少佐は、夕方帰港する調査隊を待つだけの仕事に貴重な部下の時間を使うのは無駄だと考えた。彼女はセルバ国立民族博物館に電話をかけ、事務長に博物館の学芸員を監視業務に回してもらえないかと尋ねた。普通大統領警護隊の依頼を断る機関は滅多にない。しかしセルバ国立民族博物館は、館長が大統領警護隊文化保護担当部全員の師匠だから、いつも強気で応対する。どの学芸員も多忙で、港で一日何もせずに待たされる仕事をする暇はないと博物館事務長は答えた。少佐は一旦電話を切り、モンタルボ教授に連絡をとった。出土品の所有権を全てセルバ国立民族博物館に譲り、サン・レオカディオ大学は管理権を持つと言うのはいかがだろうかと提案した。管理権とは、出土品を好きな時に大学に持ち帰り研究する権利と、外国へ貸し出したり展示する権利、発見者の名前を出土品の名前に使用する権利等だ。モンタルボ教授は検討期間を3日要求し、3日目の夕刻に提案の承諾を伝えた。ケツァル少佐は博物館に再び電話を入れた。電話に出たのは事務長ではなく、館長だった。

「どうしてもカラコルをいじると言うのだな?」

 不機嫌な声だったが、怒っていない、と少佐は判断した。

「スィ。サン・レオカディオ大学は出土品の所有権を放棄する代わりに、自由に研究したいと言っています。」
「海の底で腐りかけている物など、欲しいだけくれてやるわ・・・と言いたいが、貴重な我が国の歴史の一部だ、粗末に扱えぬ。モンタルボに伝えておけ。調査する以上は徹底して調べろと。そして作業者を決して危険に曝すな、とな。派遣する学芸員はこちらで選考する。」
「グラシャス。」

 少佐は電話を終え、申請書の最後の署名欄に彼女の名前を書き込んだ。

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