2022/03/18

第6部 訪問者    12

  リカルド・モンタルボ教授の居場所を突き止めるのは造作無かった。ギャラガ少尉が申請書を何度も審査したので教授の携帯電話の番号を暗記していたのだ。彼が電話を掛けると、教授は宿泊しているホテルを教えてくれた。港から見えている2階建ての小さな宿だった。
 ケツァル少佐とギャラガ少尉が訪問すると、モンタルボ教授はロビーで出迎えた。気の毒なことに顔に殴打された跡が青黒く残っていた。

「アンビシャス・カンパニーのチャールズ・アンダーソンも間もなく来ます。」

と教授は言い、ホテルが営業しているカフェの屋外席に少佐と少尉を案内した。
 テーブルを囲んで座ると、少佐が見舞いの言葉を言った。教授はグラシャスと答え、それから腹立たしげに襲撃者を罵った。ギャラガが彼を遮った。

「犯人に心当たりはありませんか?」
「ありません。」

 モンタルボ教授は憮然とした声で言った。

「アンダーソンはアイヴァン・ロイドが差し向けた連中だろうと言ってましたが、私はそんな連中のことなど知りません。」
「アイヴァン・ロイド?」

 少佐がその人物のことを訊こうとした時、教授が道の向こうからやって来る人物に気がつて、手を大きく振った。早く来いと合図したのだ。ギャラガがその方角を見たが、少佐は無視した。ギャラガは背が高い白人が歩いて来るのを見た。その後ろの連れらしい男もやはり背が高く、そちらはアフリカ系だった。アメリカ人だな、とギャラガは思った。
 アンダーソンとブラッド・ジェファーソンと言う2人の男がテーブルのそばに来た。モンタルボ教授が彼等を大統領警護隊に紹介した。

「アンビシャス・カンパニーのアンダーソン氏とジェファーソン氏です。アンダーソン氏は会社の代表で今回の撮影の監督、ジェファーソン氏はソナー係です。」

 教授は大統領警護隊の2人を紹介しようとした。ケツァル少佐が自己紹介した。

「大統領警護隊のミゲール少佐とギャラガ少尉です。今回の襲撃事件の捜査を担当しています。」

 所属部署について言及しなかった。モンタルボ教授が何か言いかけたので、ギャラガが咳払いして教授の視線を己に向けさせた。

ーー黙っていろ。

 ”操心”を使ってみると、教授はあっさり術に掛かった。ケツァル少佐はギャラガが微かに気を発したことに気がついたが、彼が何も言わないので無視することにした。
 アンダーソンとジェファーソンも額に絆創膏を貼ったり、顔面に部分的青痣を作っていた。少佐は彼等を隣のテーブルに着かせ、襲撃当時の様子を聞き取った。
 モンタルボ教授と助手達5名、そしてアンビシャス・カンパニーの社員達10名はチャーターしたクルーズ船で水中遺跡がある海面へ出かけた。ジェファーソンがソナーで海底の地形を調べ、建造物らしきものと思われる地形の上でカメラを水中に入れた。アンダーソンはカメラマンと共に潜った。モンタルボ教授とジェファーソンが船上から指示を出し、潜水チームは大学の助手達も含めて約5名から7名、交代で潜って海底の様子を撮影した。船上のサポート班はサメの警戒をして、ボートを1艘出して海面で待機する者とクルーザーに残る者に分かれた。
 モンタルボ教授が船上のモニターで見た海底の様子を説明しようとしたが、ケツァル少佐は断った。事件の詳細に直接関係ないからだ。
 港に戻ったのは午後4時を少し過ぎた頃だった。クルーザーを係留して、機材を下ろし終えた時、突堤の入り口にワゴン車が2台止まっていることにアンダーソンが気がついた。いつからその車がそこにいたのか覚えていない、と彼はケツァル少佐に言った。彼等自身の車はワゴン車の向こう側で駐車していたので、荷物を運ぶのに邪魔だと思い、ワゴン車を移動してもらうよう社員を頼みに行かせた。ところがその社員が相手の車に十分な距離まで近づかないうちに、ワゴン車から目出し帽にバットや棍棒を持った男達がパラパラと降りてきて、いきなり社員を殴った。そしてクルーザーに向かって走って来た。アンダーソンは銃を持っていたが、その時は手元ではなく手荷物の中に入れたままだった。取り出す暇もなくバットか何かで殴られた。モンタルボ教授が抗議の声を上げたが、暴漢達は無言のまま調査スタッフを殴り、機材を奪うとワゴン車に乗り込んで走り去った。

「警察に電話をする暇もありませんでした。」

とアンダーソンが見事なスペイン語で語った。ギャラガが暴漢の特徴を尋ねると、彼等は互いに顔を見合って考え込んだ。

「服装はバラバラで・・・その辺の男達が目出し帽を被って強盗に変身したとしか思えない。」
「魚の臭いがする男がいました。でも全員じゃない。」
「車のオイルの臭いがする男もいたなぁ。」
「年寄りもいたような気がします。若いのもいたし・・・」

 ギャラガが少佐に言った。

「金を与えて急拵えの強盗団を結成した感じですね。」

 少佐は直ぐには同意を示さなかったが、数秒おいて頷いた。ギャラガは彼女が別の意見を持ったな、と察した。

「襲撃者の心当たりはありますか?」

 モンタルボ教授は首を傾げたが、アンダーソンが答えた。

「アイヴァン・ロイドじゃないかと思うのです。」
「誰?」
「我が社と競合している動画サイトを運営する男です。伝説や物語の実証と言うテーマで秘境や危険な場所へ行って動画を撮影し、配信する仕事をしています。我が社の動向を見張っていて、先回りして映像を配信するので、こちらの商売の邪魔なのです。」
「その人物があなた方が撮影した映像を盗み、配信しようとしていると、貴方は考えるのですね?」
「いや、きっと宝が写っていないか確認したいのでしょう。沈没船らしきものや古代の宝物らしき物が写っていたら、自分で潜るんですよ。だが、金を使い危険を冒して前調査はしたくない、そんなヤツです。」

 アンダーソンは怒りを声に滲ませた。

「憲兵隊にも言ったんですがね、ロイドの顔も居場所もわからないんじゃ探しようがないと言うんです。」
「アイヴァン・ロイドが本名だと言う証明もないでしょう。」

 少佐は腰を浮かしかけた。当事者から集められる証言はこれ以上出て来ないと判断した。
 ギャラガがモンタルボ教授に尋ねた。

「発掘調査を続けますか?」
「勿論です。」

 モンタルボ教授が憮然とした態度で言った。

「船上モニターで見た海の底の様子は私の頭の中に残っています。スポンサーのビエントデルスール社と相談して援助をまだしてもらえるか交渉します。」

 それ以上のことは大統領警護隊の関知しないことだ。ケツァル少佐とギャラガ少尉は聞き取りの協力に対する感謝の言葉を告げ、カフェから出た。
 
「襲撃者は金で雇われた者でないとお考えですか?」

とギャラガが歩きながら質問した。少佐が囁いた。

「”操心”で動かされた可能性も考えられます。」
「では、襲撃を指図したのは一族の人間?」

 ギャラガは驚いた。少佐が難しい顔をして道の向こうを見つめた。

「貴方が昨夜ダウンロードしてくれた海底の地形図を見て、奇妙な印象を受けました。8世紀の祖先達がどんな方法であの岬を沈めたのか、調べてみる必要があるかも知れません。もしかすると、それを知られたくない一族の人々がいる可能性もあります。」


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