2022/03/31

第6部 七柱    21

  食事を終えて宿に向かって歩いていると、国境警備隊の車が後ろから走って来た。テオとケツァル少佐が道端に体を寄せて車をやり過ごすと、車は40メートルほど進んでから停止した。少佐が囁いた。

「パエス少尉と陸軍の兵隊です。」

 日中の勤務を終えて宿舎へ戻るところだろう。テオ達がそのまま進んで車に近づくと、助手席からパエス少尉が降り立った。ケツァル少佐に敬礼したので、少佐も返礼した。

「まだ大学教授の事件を調査されているのですか?」

と質問して来た。少佐が答えた。

「解決したので、教授に奪われた物を返しに来ただけです。」
「貴女がわざわざ?」

 部下にやらせれば良いのに、と言う響きが声にあった。少佐は彼に話すことは何もないと思ったのか、話題の方向を変えた。

「勤務交代の時間ですね。早く行きなさい。」

 パエス少尉は敬礼し、車に戻った。国境警備隊の車は直ぐに走り去った。テオは独り言を呟いた。

「少なくとも、勤務中は同僚達と上手くやっている様だな。」
「気持ちの切り替えが出来なければ、大統領警護隊は務まりませんから。」

と少佐が言った。
 真っ直ぐ宿に戻るのも早過ぎる様な気がして、2人は丘陵地を散歩した。雨季直前の湿った風が吹いていた。日が沈み、丘の下のハイウェイに沿った街並みの灯りが細長く見えた。この町は細長いんだな、とテオはどうでも良いことを思った。民家が少し高い場所に固まっているのも見えた。あれは津波や高潮を避けて暮らしているのだ、とも思った。

「アブラーンが隠したかった建築の秘密ってどんなものだったのかな。」

と彼は呟いた。

「現代人に知られたからって、大問題になる様なものだったんだろうか? ”ヴェルデ・シエロ”は残酷だ、とか、役立たずだ、とか、信用できない、とか批判される様なものだったのか? それとも、その技術を求めて現代の国々が押しかけて来るとか?」

 少佐が、ふふふ、と笑った。

「恐らく、アブラーンも知らないのだと思います。ロカ・ムリリョも、その親もさらにその親も・・・”ティエラ”にも他部族にも教えるなと言われて、何代も秘密を守っている間に、忘れ去られたのだと思った方が気が楽ですよ。家族にさえ黙っていたのですから。”心話”で伝えると言うことは、情報を持っている人の主観も入る訳ですから、代を重ねて伝わると情報は少しずつ歪んで来る物です。」

 彼女は真っ暗な海の方角を見た。テオには見えない器状の海底がある方を指差した。

「アンドレが想像した様に、柱の上に台を置いて、そこに町を築いたのではないかと、私も思います。そんな技術を古代の人々は持っていたのです。ムリリョ家に伝わっていたのは、その技術だったのでしょう。そんな技術を他人に知られたくなかったのであれば、”ヴェルデ・シエロ”が町を放棄した時に、町を破壊しておけば良かったのです。だけど、何らかの理由でしなかった。そして”ティエラ”がやって来て、住み着いた。カラコルの町が神を冒涜した時、ママコナの怒りを感応した”ヴェルデ・シエロ”達は、町の土台を支えていた柱を破壊したのではないですか。」
「それで町が水没したのか?」
「スィ。調べてみましたが、カラコルが水没したと言われる年代は、大きな地震の記録がありません。津波の記録も残っていません。伝聞も伝承もないのです。どの地方にもありませんでした。岬が沈下するほどの地震があったら、他の地方でも被害が出ていた筈です。でも考古学的調査でも、地質学調査でも、そんな痕跡は国中どこにもないのです。」
「”ヴェルデ・シエロ”は地震を起こしたのではなく、町の地下にあった柱をへし折っただけだったのか。」
「かなりの大きさの柱だったのでしょうね。そんな柱を造る技術が、アブラーンが守りたかった秘密だったのだと、私は思います。」
「だが、町一つ沈んだんだ。このクエバ・ネグラの近郊は津波に襲われただろうな。」
「その記録もないので、そこは、それ・・・」
「”ヴェルデ・シエロ”の守護の力の見せ所か。」

 テオはやっと笑う気分になった。

「アブラーンは、巨大な柱の痕跡が海底から露出していないか、心配だったんだな。」

 またサイレンの音が聞こえた。例のホテルの前に、緊急車両の赤色灯が見えた。少佐が車種を見定めた。

「憲兵隊の車両です。外国人か先住民がトラブルに関係した様です。」

 外国人と聞いて、テオはチャールズ・アンダーソンを思い浮かべた。モンタルボと暴力沙汰になったのだろうか。



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