2022/03/30

第6部 七柱    20

  サン・レオカディオ大学の考古学教授リカルド・モンタルボは、前回ケツァル少佐とギャラガ少尉が襲撃事件の聞き取り調査で訪問したホテルにまだ宿泊していた。憲兵隊が強奪された撮影機材を故買屋で発見したので、引き取るか買い取るかで故買屋と揉めたのだ。セルバ共和国では盗品と知ってて購入しても罪にならない。なんとなく「盗られたヤツも油断していたのだから盗られても当然」と言う思想があって、官憲は盗品の行方を突き止めても、取り返してくれるとは限らない。元の持ち主に、買い戻す意思があるかと訊いて、持ち主に「取り戻したいが買い取る余裕がない」とわかれば、故買屋から押収するが、持ち主に金銭的余裕があると見てとると、「買い戻せ」と放置する。モンタルボ教授は、撮影機材がアンビシャス・カンパニーの所有なので「買い戻す意思」はなかったが、アンビシャス・カンパニーはそうではない。チャールズ・アンダーソン社長は、買い戻しより押収を希望した。それでモンタルボ教授、アンビシャス・カンパニー、故買屋、そして憲兵隊で盗品の処遇を巡って揉めていたのだ。
 テオとケツァル少佐が訪問した時、モンタルボ教授とチャールズ・アンダーソンは憲兵隊に提出する押収要請の書類を作成し終わったところだった。そこへ、テオがアブラーン・シメネス・デ・ムリリョから託されたUSBを持って現れたので、また彼等の間における雲行きが怪しくなってきた。

「映像が戻って来たのなら、カメラはもうなくても構わない。」

とモンタルボが発言して、アンダーソンを怒らせた。

「それなら発掘作業の撮影はなしだ!」

とアンダーソンが怒鳴った。

「水中作業の映像を世界に発信して、貴方の研究費用を集めると言う当初の目的が失われることになる。それでも良いんですか!」

 怒鳴り合いが始まり、USBが何故、誰によってテオドール・アルストの手に託されたのか、双方共訊くこともしなかった。ケツァル少佐がテオの肩に手を置いて囁いた。

「放っておきなさい。行きましょう。」

 テオは「アディオス」と声をかけてみたが、モンタルボもアンダーソンも振り返らなかった。
 テオと少佐は車に戻った。そして、その夜の宿を探しに行った。
 ガイドのアニタ・ロペスが教えてくれた宿は海から離れた丘の上にあった。意外にも国境警備隊の宿舎が歩いて5分程の距離に建っていた。宿はホテルと言うより民宿、B&Bだった。そこに2部屋取ってから、2人は夕食に出かけた。そちらもガイドが教えてくれた店だ。国境を越える職業運転手が多いハイウェイ沿いの店と違って、地元民しか来ない小さな店だったが、他所者を拒むこともなく、愛想の良い女将さんが「本日のお薦め」を教えてくれたので、それを注文した。
 美味しい魚介のスープと茹でたじゃがいもで満腹になる頃に、ハイウェイの方から警察車両のサイレンの音が聞こえて来た。女将さんが眉を顰めた。

「やだねぇ、また検問所破りかねぇ。」

 客の一人が窓の外をチラリと見た。

「違うようだ。ありゃ、レオン・マリノ・ホテルへ行ったぞ。」

 テオと少佐は思わず顔を見合わせた。レオン・マリノは、モンタルボ教授が泊まっているホテルだ。まさか、教授とアンダーソンが喧嘩して怪我人が出たのか? 
 テオが腰を浮かしかけると、少佐がセルバ人らしく言った。

「放っておきなさい。」
「君は気にならないのか?」
「何かが起きたことは確かです。でも私達が行って、何かを止められることはないでしょう。」

 彼女はスープの最後の一口を飲んでから、続けた。

「何が起きたのか、明日になれば街中に広がっていますよ。」

 テオは彼女を見つめ、それから店内を見た。セルバ人は野次馬が好きだが、場所が現在地から離れているので、店を出て見に行こうと言う人はいなかった。皆、椅子に座り直し、食事や飲酒を続けていた。テオは脱力した。こんな場合はセルバ人になりきれていない己を感じてしまう。モンタルボが無事であれば良いが、と彼は思った。どう言う訳か、アンダーソンのことは気にならなかった。

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