2022/03/26

第6部 七柱    13

  アブラーン・シメネス・デ・ムリリョから渡されたモンタルボ教授のUSBを持って、ケツァル少佐は文化・教育省の文化保護担当部オフィスへ戻った。テオも一緒だった。4階に上がると、彼女はロホに指揮権を預けたまま、奥にある「エステベス大佐」と書かれた札が下がった小部屋へテオを案内した。テオは初めてその部屋に入った様な気がした。がらんとした部屋で、ドアの対面の壁に嵌め込み窓が一つあるだけだ。何も載っていない机とパイプ椅子。少佐が自分の机からパソコンを持ってきて、机の上に置いた。そしてUSBを差し込んだ。
 それからたっぷり40分間海底の映像を見たが、アブラーンが言った通り珊瑚礁と魚しか見えなかった。たまに底に石柱だったと思える欠片が見え、板の様な平らな岩が並んでいる箇所が3箇所ばかり見られた。建物の片鱗も壺も何もない。

「伝説がなければ、この海に遺跡が沈んでいるなんて誰も思わないな。」

 テオが呟くと、少佐も欠伸を噛み殺しながら同意した。

「モンタルボが執念で見つけた遺跡ですね。珊瑚を傷つけることは許可していません。発掘と言っても手をつけられる面積は限られています。例え太古の巨大な石柱が埋もれていても、岩を動かすことも許可していませんから、掘ることは出来ません。」
「それじゃ、泥をちょっと退けて見ることしか出来ないのか?」
「そうです。機械を水中に下ろして作業することも出来ません。地上の遺跡で土を掘っていくのとは勝手が違います。ですから、グラダ大学の先生達は水中遺跡に興味を抱かないのです。」

 動画が終わり、少佐はUSBを抜いた。テオはパソコンを元の場所に戻すのを手伝った。ロホやギャラガ少尉が好奇心に満ちた目で見るので、彼は言った。

「ただの水族館の動画と同じだよ。はっきり遺跡だと思える物は映っていない。」

 彼は少佐に提案した。

「スニガ准教授からクエバ・ネグラのトカゲが棲息している洞窟内部の撮影をしてくれと頼まれた。試験が終わると行くつもりだ。俺がUSBをモンタルボ教授に返してやろうか?」
「試験が終わるのは何時ですか?」
「来週の木曜日だ。」

 少佐はちょっと考え、頷いた。

「急いで返す理由もありませんね。 モンタルボも直ぐに再調査する準備を整えることは出来ないでしょう。」

 まだ昼休みには時間がある。テオはどこで時間を潰そうかと考えながら、4階のオフィスを見回した。隣の文化財遺跡担当課は雨季明けの発掘申請に来ている外国人達の相手で忙しそうだった。

「マハルダとアスルはどこだい?」
「マハルダはグラダ大学です。今日は現代言語学の今季最終講義があるので、聴講に行っています。」

とロホが教えてくれた。

「アスルは近郊の小さな遺跡を巡回して、各調査隊が雨季に備えて対策を取っているか確認しています。これらは国内の団体が殆どなので、意外に対策が緩く、雨で遺跡が痛むので困るんです。」

 


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