2022/03/26

第6部 七柱    12

 「モンタルボが撮影した映像には、特に変わった物は写っていません。」

 アブラーン・シメネス・デ・ムリリョは来客用の椅子を示し、ケツァル少佐とテオに着席を促した。ゆったりと座れるオフィスチェアだ。テオはそのデザインを以前に見たことがあった。ケサダ教授の研究室で教授が使っている椅子だ。座ってみて、座り心地が良かったので驚いた。自分の研究室にも欲しいものだ。
 アブラーンはUSBを出して見せた。

「珊瑚と魚と海底の岩や石、それだけです。モンタルボに返して頂けますか?」

 彼がいきなりそれを放り投げて来たので、テオは慌てて受け取った。少佐が尋ねた。

「何をお知りになりたかったのです? モンタルボに見付けられて困る物でもあったのですか?」

 アブラーンは父親そっくりの冷たい眼差しで客を見た。

「大統領警護隊にも言えないことはあります。 私は嘘を付かない。だが言えない物は言いません。」
「ご先祖がカラコルの地下に仕掛けた仕組みのことですか?」

とテオはまた口出ししてしまった。今度はアブラーンも彼を無視せずにジロリと睨んだ。

「我が先祖がカラコルの地下に何を仕掛けたと仰るのです?」

 テオはハッタリをかけた。

「それを言ってしまうと、俺は”砂の民”に消されます。」

 アブラーンは少佐を振り返った。

「少佐、このドクトルはどう言う方ですか?」
「どう言う方なのか、お父上からお聞きください。」

と少佐は答えた。

「俺はグラダ大学の職員ですから、お父上とはキャンパスで顔を合わせます。」

とテオは言った。もっともケサダ教授の名は出さなかった。家族と言っても教授はアブラーンの義理の兄弟だ。ここでは名前を出さない方が賢明だろうと判断した。

「単純なことです。」

とアブラーンは言った。

「あの付近の海底がどの程度の水深で、底の状態がどうなっているのか、知りたかっただけです。」
「極端に水深が深いと不自然ですからね。」

と少佐が言った。

「カラコルと言う言葉は岬が水没した時代の”ティエラ”の言葉で『筒の上』と言う意味です。恐らくカラコルの町の地下に空洞があったのでしょう。ただの洞窟だったのか、住民が何らかの用途に用いていたのか、それは知りません。カラコルは外国の船に水を売っていたのだと地元の漁師の間に言い伝えが残っています。クエバ・ネグラに大きな川や湧水がありませんから、どこかの水源から引いてきた水を地下の貯水槽に貯めていたとも考えられます。町は栄える程に驕れる様になり、遂に神であるジャガーを捕らえて外国に売ろうとしました。しかしママコナの知ることとなり、国中の”ヴェルデ・シエロ”の呪いを受け、町は岬ごと海の底に沈んだのです。その時、地震で地下の空洞も崩壊し、町は大きな器の形に水没しました。ですから、現在もあの付近の海はエンバルカシオンと呼ばれています。」

 アブラーンは黙って彼女の語りを聞いていた。

「貴方がモンタルボの撮影した映像からお知りになりたかったのは、空洞と町の土台の間を支えていた柱が残っていないかと言うことではないですか? 恐らく巨大な柱であった筈です。そんな建造物が海底にあるとなったら、世界中の考古学者の注目を集めてしまい、このセルバ共和国が騒がしくなります。それは、現在を生きている”ヴェルデ・シエロ”にとって非常に都合の悪いことです。もし柱の片鱗でも残っていたら、貴方はそれを何らかの方法で消し去らねばならない。そうお考えになったのでは?」

 アブラーンがまだ黙っているので、テオが言葉を添えた。

「水中でも爆裂波は使えるんですよね?」

 そう言ってしまってから、テオは相手を怒らせたかな、とちょっぴり不安になった。それで、現在彼自身の心に引っ掛かっている問題を出した。

「貴方はご存知でしょうが、モンタルボの映像を撮影したのは、アンビシャス・カンパニーと言うアメリカのP R動画製作会社です。実のところ、どんな素性の会社なのか、俺達は掴みかねています。発掘調査隊に船や発掘機材を提供する会社と提携して、発掘作業の映画を作成し、使われている道具の宣伝をすることで料金を取る企業だと言っています。まぁ、それは本当なのかも知れません。ところが、もう一人、アイヴァン・ロイドと言う男が現れました。この男もアメリカ人だと思われるのですが、モンタルボ教授やグラダ大学のンゲマ准教授に近づいて、カラコル遺跡周辺に宝が沈んでいないかとか、宝探しの様な演出で映像を撮りたいと何度も電話をかけてきたり、大学に押しかけて来たのです。しかもアンビシャス・カンパニーのアンダーソン社長とロイドは互いを知っているらしく、警戒し合っています。そうなると、アンダーソンの会社の本当の目的も、PR動画撮影以外のところにあるんじゃないか、と心配になってきました。そこへモンタルボ教授の襲撃事件が起きたので、俺は貴方もアンダーソンやロイドと同じ物を追いかけているのかと疑ってしまったのです。」

 アブラーンはテオと少佐を交互に見比べた。そして不意にフッと息を吐いた。

「エンバルカシオンに宝など沈んでいません。今流行りのレアアースもありません。あるのは藻が蔓延った石柱の欠片に珊瑚礁と泥に埋もれた壺くらいでしょう。勝手に潜らせておけば宜しい。あいつらがサメに食われても誰の責任ではありません。ただ、モンタルボは我が国の国民です。彼が引き連れる学生達もセルバ人だ。守護しなければなりませんぞ、少佐。」

 ケツァル少佐が立ち上がったので、テオも立ち上がった。少佐がアブラーン・シメネス・デ・ムリリョに敬礼した。


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