2022/03/21

第6部 訪問者    20

  船を下りると、ケツァル少佐とギャラガ少尉は船長に教えてもらったバルへ行った。「小さなホアン」の紹介だと言うと、新鮮な魚介類のセビーチェを出してくれた。その後も地元の料理を次々と注文し、国境警備隊の食堂では決して味わえない美食を、2人は時間をかけて堪能した。

「建設会社が何を隠そうとしているのか、わかった様な気がします。」
「何ですか?」

 ギャラガの言葉に少佐が興味深げに彼を見た。ギャラガはクラッカーを4枚、箱の壁の様に四角く立てた。その上に器用に天井部分のクラッカーを重ねて置いた。さらにまた上に箱を積み上げた。彼は2階以上の部分を指した。

「カラコルです。」

 そして下の部分を指した。

「地下の貯水槽です。この壁を崩すと・・・」

彼はクラッカーの1枚を強引に押し倒した。クラッカーのカラコルは、3枚の壁に支えられて保たれた。

「壁の一角が崩れただけでは、街は保たれています。しかし、貯水槽の中の水が流れてしまって空になると、壁の外の海水の圧が残りの壁を崩してしまいます。」

 少佐が考え込んだ。

「壁の一角が崩れ、貯水槽の中の水が流れ出て貯水槽が空になる・・・どう言うことですか? 壁が崩れたら海水がすぐに流れ込んで来るでしょう?」
「最初に崩れた壁は、海に面した三方ではなく、陸と繋がっている面です。恐らく、貯水槽の水は本土の地下に流れて行ったのです。」

 ギャラガはクラッカーの積み木を片付けた。

「船長のホアンは、大昔のクエバ・ネグラは海のそばまで森林が迫っていたと言いました。今は低木と草が生えているだけです。塩気に強い植物ばかりですよ。もう少し南へ行けばマングローブがありますが、ここはありません。土に塩分が多いんじゃないですか。」
「そう言えば、船長が昔の水は売れるほど美味しかったが今はそのままでは飲めないと言ってましたね。」
「壁が崩れて貯水槽の真水が本土側に流れてしまい、海からの圧力に耐えきれなくなった壁が崩れてカラコルの街は陥没したのでしょう。そこにまた海水が流れ込んだ。本土へ流れる水路は崩落した地面で塞がれた筈ですが、海水はずっと少しずつ染み込んでいるのだと思います。」
「それにロカ・エテルナ社がどう絡んでいるか、ですね。」

 エビのペーストをクラッカーに載せてギャラガは口に入れた。それをもぐもぐと食べてしまってから、白ワインのグラスを見ている上官に考えを述べた。

「私は一族の歴史に詳しくありません。でも古代の神殿などの建築に携わった部族がいた訳でしょう? カラコルの町が築かれる頃にそうした技術集団が雇われて、密かに町の下にそんな仕組みを造ったとしたら、どうでしょう?」
「その仕組みを造った目的は?」
「海の交易で栄えていた町ですね? もし外国から侵略を受けて町を占領された場合を想定し、町ごと敵を海の底に沈めてしまう、と言う対策を取っていたとしたら?」

 少佐が彼を見た。

「侵略されなかったが、町は神を冒涜した。だから、神の怒りによって沈められた?」

 暫く2人は黙って口を動かしていた。不意に少佐が呟いた。

「地震は本当にあったのでしょうか?」
「山に登った時、断層を見ました。しかし・・・地面がずれた方角が違いましたね。あれなら、カラコルがあった岬は持ち上がってしまう・・・」
「岬は実在したのですか?」
「少佐・・・」

 ケツァル少佐は頭に浮かんだ突拍子もない考えに、自分で苦笑した。

「岬は存在しなかったけれど、カラコルの町は存在したのかもしれませんよ、アンドレ。」


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