2022/03/21

第6部 訪問者    21

 国境警備隊の宿舎に戻ると、丁度ルカ・パエス少尉も勤務を終えて戻って来たところだった。ケツァル少佐に気がついて彼が敬礼したので、少佐はギャラガ少尉を先に行かせ、ドアの外でパエス少尉に向き合った。

「これから自宅に戻って夕食ですか?」

 パエスが小さく溜め息をついた。

「グリン大尉からお聞きになられたのですね。」
「スィ。偶々ハラールの話題から、貴方の話になりました。昔からの伝統を破るのは気持ちが良くないでしょうが、貴方一人が同僚と違う生活を続けるのはどうでしょう。疲れませんか。」
「ハラールの問題もありますが・・・」

 パエスは顔を町の方へ向けた。

「妻の為でもあります。妻は不始末をしでかして転属になった私について来てくれました。子供達を実家に置いて、私を選んでくれたのです。しかし国境警備隊の休暇は半年毎に一月です。見知らぬ土地で妻は一人で半年暮らさなければなりません。ですから、私は1日に1度、食事の為に彼女の元に帰るのです。」

 少佐も溜め息をついた。

「貴方の気持ちはわかります。しかし、貴方は軍人で、彼女は軍人の妻です。貴方の同僚達も家族と会えない半年間を我慢して勤務しているのです。彼等の家族はクエバ・ネグラに住んでいないでしょう。電話をかけることさえ我慢している隊員もいるのです。奥さんと会うなとは言いませんが、軍人らしくケジメをつけなさい。」

 年下の上官から注意されて、パエス少尉はムッとした様子だった。太平洋警備室で勤務していた頃は毎日自宅から通勤していたのだ。 いきなり生活習慣を変えるのは難しいのだろう。ケツァル少佐はパエス少尉に思い入れはなかったが、同じ太平洋警備室から転属させられたガルソン中尉やフレータ少尉が新しい職場に馴染んで落ち着いていることを考えると、パエスにももっと気楽に働いて欲しかった。そうでなければ、太平洋警備室の問題を発見して事件の解決に奔走した彼女の弟カルロ・ステファン大尉や友人のテオドール・アルストが後々後悔することになってしまう。あの男達は他人の問題を見捨てておけないお人好しなのだから。

「国境警備隊の隊則がどの様なものか知りません。しかし家族が住む場所が勤務場所に近いのであれば、そこから通えないのですか? 本部の家族持ちの隊員達は自宅に帰る時間を十分もらっていますよ。一度グリン大尉に相談してみなさい。大尉は決して話のわからない人ではありません。クチナ基地のオルテガ少佐に話をしてくれるかも知れません。大統領警護隊は決して石頭ばかりでない筈です。」

 無言のままパエス少尉がもう一度敬礼した。ケツァル少佐はドアを開き、宿舎の中に入った。少し遅れてパエス少尉も入り、これから勤務に出て行く隊員と引き継ぎを行う為に共有スペースと廊下の角にある事務室に入った。
 少佐は真っ直ぐ寝室に割り当てられた部屋へ行った。ギャラガ少尉が簡易ベッドの上に座っていた。男女別ではなく、一部屋に男女2人だ。空き部屋が一部屋しかないので、仕方がない。しかも簡易ベッドを入れたので、かなり狭かった。最初に連絡を受けて部屋の準備をした隊員は「ミゲール少佐」が「有名なケツァル少佐」と同一人物であると知らなかったので、男性だと思っていたのだ。昨夜到着した時、この部屋を使ったのはギャラガだけだった。少佐は道中車の中で眠ったので使わなかった。昼間シャワーを使った時は交代で部屋を使ったので、一緒に部屋に入ったのはこれが初めてだ。

「共有スペースのソファで寝ます。」

とギャラガが言うと、少佐は首を振った。

「それではここの隊員達が気まずい思いをします。私は平気ですから、貴方も気にせずにお休みなさい。」

 彼女はさっさと装備していた拳銃を枕の下に置き、靴を脱ぐと着衣のままベッドに横になり、すぐに目を閉じた。
 ギャラガは簡易ベッドから下り、ドアへ行って取り敢えず施錠した。そして靴を脱ぐと、拳銃と財布を枕の下に置き、ベッドに横になった。ここは野宿と同じ、別々の木の上で寝ているんだ、と己に言い聞かせ、彼は目を閉じた。

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