2022/04/27

第6部  虹の波      17

  次の日のニュースで、セルバ共和国の国民は、大統領警護隊と憲兵隊の合同捜査の結果レグレシオンが仕掛けた新たな爆弾3発がアスクラカンのメルカド(市場)で発見されたことを知った。更に2番目の爆弾製造所も既に逮捕されていたメンバーの1人が所有する別荘にあったことが判明した。国民達は「”ヴェルデ・シエロ”の加護のお陰だ」、「日頃から教会で祈っていた御利益だ」、「そうではない、我が国の捜査機関が優秀だからだ」と職場やバルで論じ合った。
 テオは過激派達が捕まったので、雨季休暇の残りを再びエル・ティティに戻って過ごそうか、それともこのままグラダ・シティに残ろうか、と迷った。ゴンザレス署長に電話を掛けると、署長は今回の一連の事件にテオや大統領警護隊文化保護担当部が活躍したことが表に出ないのは悔しいと言った。テオは名声など誰も望んでいないし、悪者が捕まったから、友人達はそれで十分満足していると、養父を宥めた。それで再び帰省するべきか否か意見を聞くのを忘れてしまった。
 もしかすると、ゴンザレスはもうテオが同じ屋根の下にいなくても平気なのかも知れない。新しい恋人と上手くやっている様子だし、テオが毎週末必ず帰るとは限らなくても電話を欠かさず掛けるので、それで満足しているらしい。テレビ電話を始めてからは、特にその傾向が見られた。

 俺が親離れ出来ていないだけなのか・・・

 テオは苦笑した。
 レグレシオンの大摘発で世間が騒いだ日から3日経った。新学期の準備の為にグラダ大学へ出勤したテオの元に客が来た。1人は私服でテオは誰なのか直ぐにはわからず、ホセ・ガルソン中尉だと相手が名乗って、ちょっと慌てた。

「すみません、私服姿の貴方を見たのは初めてだったので。」

 ガルソンも苦笑した。

「制服の時しかお会いしたことがありませんでしたからな。今日は非番なのでこんな格好です。ところで・・・」

 彼は後ろにいる連れを振り返った。

「彼が挨拶をしたいと言うので連れて来ました。」

 そちらの男は大統領警護隊の制服を着ていた。ルカ・パエス少尉だった。テオは彼が本部に召喚されたことをケツァル少佐から聞いていたが、まだグラダ・シティに居たのかと意外に思った。役目を終えたらさっさとクエバ・ネグラに戻ったと思っていたのだ。テオの頭の中が読めるかの様に、ガルソンが笑った。

「まだこいつがグラダ・シティに居たのかと思われたでしょう?」
「いや・・・その・・・」
「本人も直ぐに帰還するつもりだった様ですが・・・」

 ガルソンに振り返られ、パエス少尉が渋々理由を語った。

「”名を秘めた女性”と共に爆弾を探す任務を仰せつかり、なんとかご期待に添えるお勤めを果たしました。それが・・・」

 彼が言い淀んだので、ガルソンが言葉を継いだ。

「セルバ国内を隈なく心で見ると言うことは決して簡単なことではありません。パエスは見事にお役目を果たした後、2日間眠り続けていました。」
「つまり、半端なく消耗したってことですね? 凄いな、命懸けで国を守ったんだ、パエス少尉!」

 テオは感心してパエス少尉を見た。パエスは照れ臭いのか、逆にむっつりした表情で目を逸らし、ガルソンに「失礼だぞ」と注意された。それでパエスは仕方なく言った。

「私と共に爆弾の在処をご覧になったセプルベダ少佐は、祈りの部屋から出られると直ぐに部下を招集して出動されました。あの少佐も私と同様に消耗されていた筈です。しかし、平然と過激派を捕まえに出かけて行かれました。それなのに私は歩くのがやっとで・・・」
「セプルベダ少佐は指導師だ。我々と違って心身の制御能力に遥かに優れておられる。その様な上官と我々の様な下位の者を比べてはならん。」

 ガルソンはパエスを励ましたつもりだろうが、叱っている様に聞こえた。だからテオは急いで言葉を添えた。

「指導師ではないパエス少尉がセルバ全土を覗いて爆弾を見つけられたのでしょう? 少尉はご自分を誇りに思わなくてはいけませんよ。ガルソン中尉もそのつもりで仰ったんだ。」

 パエス少尉が始めて頬を赤く染めた。

「私は・・・他人に誇れるような人間ではありません。小さなことにこだわって、大事な時間を無駄に過ごしてしまうところを、貴方やガルソン中尉、ケツァル少佐に救われたのです。」

 テオが戸惑ってガルソン中尉を見ると、ガルソンが頷いた。

「貴方がケツァル少佐にパエスが機械いじりが得意だと教えて下さったのでしょう?」

 テオは考えた。そう言えば、キロス中佐の事件の後、ガルソンが本部警備班車両部、パエスが国境警備隊に転属になったと聞き、パエスは機械いじりが得意だと、彼はケツァル少佐に何気なく言ったことがあった。少佐はその世間話を覚えていた。そして考えたのだ。
 ある分野で才能を発揮する人の中には、物の精霊が発する気が見えている者がいる、と言う古い言い伝えを思い出した彼女は、ガルソンに訊いてみた。パエスは機械の精霊が見えるのではないですか、と。するとガルソンも昔パエス自身から聞いていた話を覚えていた。故障した機械に向き合うと、修理すべき場所が淀んで見える。そこを触れば機械は何が必要か教えてくれる、と。
 過激派が作る爆弾は、小さな起爆装置が付いている。単純な作りでも、機械は機械だ。パエスの様な精霊が見える人には、機械でない物の中にある機械の存在がわかる。その機械に製造者の悪き心が宿っていれば、その機械は邪悪な気を放っている。パエスは祈りの部屋でママコナが送り出す虹色の光に心を乗せてセルバの国内を飛び回った。虹の波の中でぽつんと見えた淀んだ不潔な光。それが爆弾だった。

「”名を秘めた女性”は女官を通して仰ったそうです。パエスと旅をして楽しかった、と。」

 テオがパエスを見ると、パエスはまた頬を赤くした。

「私には任務でしたが、あの御方は楽しんでいらっしゃいました。ですから、私も案外気楽に探索が出来ました。あの御方のお力がなければ私はグラダ・シティを見るだけで果てていたでしょう。」

 テオには想像がつかない現象だが、”ヴェルデ・シエロ”にはまだ彼が知らない能力が色々あるのだと言うことはわかった。

「これからクエバ・ネグラへ戻られるのですか?」
「スィ。仲間が待っていますから。」

 パエスが同僚達をサラリと「仲間」と呼んだ。するとガルソンが「家族もだろう」と言った。

「パエスは国を救いました。その手柄で、昇給になったんです。彼はサン・セレスト村に残してきた奥さんの子供達をクエバ・ネグラに呼び寄せることに決めたんですよ。」
「中尉、そんなことまで言わなくても・・・」

 パエスは耳まで真っ赤になりながら慌てた。テオは思わず笑ってしまい、ガルソンも笑った。最後にはパエスまで声を立てないまでも笑ってしまった。


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