2022/04/26

第6部  虹の波      16

  ルカ・パエス少尉はセプルベダ少佐と共に地下神殿に降り、そこで蒸し風呂で1時間潔斎した。身体を清め、精神を落ち着かせ、褌1丁だけの姿になった。
 セプルベダ少佐が説明した。

「これから祈りの部屋に入る。承知している筈だが、我々が”名を秘めた女性”のご尊顔を拝することは許されていない。」
「スィ。」
「祈りの部屋の中では好きな場所に座って良い。体を横たえても良い。そこで瞑想に入る。”名を秘めた女性”がグラダ・シティを地域毎に区切って君に見せて下さる。どんな形で見せて下さるのか、私にはわからぬ。君が見て、そこから爆弾を探せ。恐らく、悪き者が物体に残した悪き心が君に見えるだろう。君はその場所が何処か考える。」
「私はグラダ・シティに詳しくありません。」
「地名は考えなくて良い。”名を秘めた女性”に現代人が付けた地名など意味がない。君はその場所の特徴を見るのだ。私は君の横にいて、君が目的の場所が何処か分かれば感じる。もしグラダ・シティに何もなければ、”名を秘めた女性”はセルバ全土にヴィジョンを拡げられる。君はかなり消耗するだろう。もし耐えられなくなったら、我慢せずに”名を秘めた女性”に申し上げろ。君が我慢すれば、”名を秘めた女性”も消耗なさるからだ。」

 パエスは意見を述べてみた。

「もし私が、グラダ・シティで爆弾を見つけ、まだ他の土地にもあるかも知れないと思ったら、探索を続けてよろしいのですか?」

 セプルベダ少佐が厳しい顔に微笑を浮かべた。

「勿論だとも! これはかなり体力と気力を要する任務だが、君はそれを敢えて恐れずに請けてくれるのだな?」

 パエス少尉は右手を左胸に当てて、一族へ忠誠を誓う言葉を呟いた。

「我等が空の為に。我等が守る地の為に。」

 セプルベダ少佐がそれを賞賛する言葉を囁いた。

「太陽の野に星の鯨が眠っている。汝が星の一つとなることを願わん。」

 即ち、いつの日にか貴方がこの世から去る時に、英雄として讃えられることを願っていると言う意味だ。それは”ヴェルデ・シエロ”の戦士にとって最高の戦意高揚の言葉だった。
 パエス少尉は、若者の様に、大声を腹の底から発した。

「ほーーーーい! いやぁは!」

 セプルベダ少尉も同じ言葉を発した。

「ほーーーーい! いやぁは!」

 戦士達が敵陣へ乗り込む時に互いに掛け合う激励の声だった。
 パエスは理解していた。彼がママコナの結界の元で爆弾探索をしている間、彼の隣に座ってひたすら瞑想するセプルベダもかなりの消耗を強いられるのだと言うことを。
 既に壮年に入っている2人のエル・パハロス・ヴェルデスは祈りの部屋の重い扉を一緒に押し開いた。小さな入り口の奥は、広い空間があった。太い7本の柱に囲まれて中央に高い台座があり、そこに白い影が立っていた。パエスとセプルベダは顔を伏せ、中に入った。冷たい印象の石の床だったが、実際は人間の体温に近い温かさだった。パエスは無言で歩いて行き、やがて彼の本能が「ここ」と示した場所で腰を下ろした。あぐらをかいて座ると、横にセプルベダも無言で座った。
 パエスは目を閉じ、深呼吸した。頭の中に虹色の光が流れ込んで来る様な錯覚に襲われた。脳の中を掻き回される? 目を閉じているのに目眩がした。苦しい、と感じ掛けたその瞬間、彼は脳に直接呼びかける声を聞いた。彼の真の名前を呼ばれた。途端に苦しさは消え去り、彼は心地良い感覚に全身を包まれた。虹が波の様に彼に押し寄せ続けたが、目眩は止んだ。そして虹の波の中に、”曙のピラミッド”が一瞬見えて、それからいきなり俗世が現れた。一番最初は、グラダ・シティ国際空港だった。


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