2022/04/05

第6部 七柱    30

  エル・ティティに戻ると、テオは警察署長アントニオ・ゴンザレスの息子として、署長の家の家事をして、会計士ホセ・カルロスの事務所の代書屋として、休暇を過ごした。夜になると近所の若者達がバルに誘ってくれる。グラダ・シティと違って小さな町だから、行く店は決まっていて、毎晩同じ順番で梯子だ。ゴンザレスが自宅で夕食をとる日は誘いを断って、養父と2人で夜を過ごした。ゴンザレスも恋人が出来たから、3人で一緒に食事を取ったこともあった。彼女はマリア・アドモ・レイバと言う役場の職員で、バツイチで子供はいなかった。役場の職員と聞いた時、テオは文化・教育省の入り口で毎日入庁者をチェックしている陸軍の女性軍曹を連想してしまった。つまり、融通の利かないお堅い女性だ。しかし会ってみるとマリアは陽気で面白い女性だった。マハルダ・デネロス少尉が現在の性格のまま歳を取った感じだ。よく喋り、よく笑った。テオはゴンザレスが幸せそうな顔をして彼女を見つめるのを見て、安心した。テオに恋人が出来ても、ゴンザレスに寂しい思いをさせなくて済む。
 恋人と言えば、ケツァル少佐は時々思い出した様に電話をかけてきてくれた。彼女のことだから、用事がない時にかけてこない。彼女の電話は大概エル・ティティ近辺に出没する反政府ゲリラの動向を伺う内容だった。どっちかと言えば、テオよりゴンザレスに用事があるのだ。しかし、ゴンザレスは言った。

「お前の方から彼女に電話してやれ、テオ。」
「用事がない時にかけても、彼女はすぐ切ってしまうんだ。」
「しかし用事がないのに彼女の方から掛けてくるじゃないか。」
「はぁ?」
「反政府ゲリラなんて、お前が誘拐された時に彼女がやっつけたカンパロの”赤い森”以来、この近辺に出てこないぞ。それぐらい大統領警護隊だったら承知している筈だ。彼女はお前の声が聞きたいんだよ。」
「・・・」

 本当にそうなんだろうか? テオはツンデレ少佐の本心を確認するのが怖かった。もしこちらの勘違いだったら、次に彼女と会う時、気まずいじゃないか。
 その夜、テオが早めにバルから戻って寝支度をしていると、少佐から電話がかかってきた。ゴンザレスが夜勤の夜だった。テオが「オーラ」と出ると、彼女も「オーラ」と答え、いきなり質問してきた。

ーーシエンシア・ディアリア誌のベアトリス・レンドイロ記者をご存じですね?
「ああ、スィ、彼女がどうかした?」
ーー貴方がエル・ティティに行く時に乗ったバスの乗車券を、彼女が購入したと言う証言があります。

 テオは一瞬考え込んだ。少佐の物言いは何だか妙だ。刑事が捜査しているみたいに聞こえた。

「ああ、彼女は確かに俺が乗ったバスに乗っていた。だが、アスクラカンでバスが休憩停車した時に降りて、それっきり戻って来なかった。バスの中で彼女と少しだけ話をしたが、オルガ・グランデに行くと言っていたんだ。だから戻って来なかった時、どうしたのかとちょっと気になった。それっきり彼女を見ていない。」

 1秒ほど空けてから、少佐が確認した。

ーー彼女はアスクラカンでバスを降りたのですね?
「スィ。飯でも食って乗り遅れたか、知り合いに出会ったか、何か理由があったんだろう。」

 すると少佐はやっと肝心なことを伝えた。

ーーレンドイロはグラダ・シティを出てから10日間行方不明です。

 テオはすぐに事態を飲み込めなかった。行方不明? 10日間? どうしてケツァル少佐が彼女を探しているんだ?

「誰かが君に彼女の捜索を依頼して来たのか?」

 すると少佐は意外な人物の名前を出した。

ーーンゲマ准教授から問い合わせがあったのです。彼が雨季明けから発掘予定のカブラロカ遺跡を見たいと言う女性記者がいるが、撮影を許可してやってくれないか、と。撮影だけならと許可しました。それが2週間前、貴方がまだこちらにいた時です。レンドイロの名前は最近何度か耳にしていましたし、真面目な雑誌を作っている会社の記者なので、問題はないだろうと思えたのです。
「彼女が行方不明だと分かったのは、何時のことだ?」
ーー彼女の会社が騒ぎ出したのは、8日前です。シエンシア・ディアリア誌がンゲマ准教授に、カブラロカ遺跡は何処にあるのかと問い合わせて来ました。ンゲマ准教授はレンドイロに地図を見せていたので、出版社が何故そんなことを訊くのかと不思議に思いました。そして記者が行方不明になっていることを知ったのです。ンゲマが最初に心配したのは、ゲリラによる誘拐、そして野盗の襲撃です。ンゲマは私にカブラロカ付近に最近不逞の輩が出没していないかと訊いて来ました。それが2日前でした。
「成る程、君としては、まず彼女の足取りを追って、バスに乗ったことを突き止めたって訳か。進展が遅いな。」

 少佐がムッとした声で言った。

ーー申請の季節なので忙しいのです。貴方が彼女の行方を知らないのなら、これ以上訊くことはありません。取り敢えず、アスクラカンまで彼女の消息を追跡出来ました。グラシャス。

 彼女は何時もの若く、いきなり電話を切った。


 

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