2022/04/06

第6部  赤い川     1

  ”ヴェルデ・シエロ”は現代のセルバ人にとって複雑な存在である。伝説では、彼等は我々の祖先がセルバの地を踏むよりも遥か太古に、7つの部族が合同で一つの国家を築き、ママコナと呼ばれる巫女と大神官が神託によって統治していた国家であった。彼等には彼等独自の神がいたようだ。彼等が何時歴史から姿を消したのか、明確な記録はない。セルバ人の祖先がこの地に農耕と狩猟を生業とする社会を建設した時、”ヴェルデ・シエロ”は既に姿を消しつつあった。”ヴェルデ・ティエラ”と自らを呼んだ我々セルバ人の祖先は、当時の”ヴェルデ・シエロ”の神秘の力を見て、彼等と共存した時代、彼等を神と崇め、その姿を頭部に翼がある人として壁画や彫刻に残した。現存する最も古いセルバの遺跡はグラダ・シティの中心部に聳える”曙のピラミッド”とオルガ・グランデの地下で発見された”太陽神殿”であると言われているが、どちらも発掘調査を許されておらず、建設した者が”ヴェルデ・シエロ”であるか”ヴェルデ・ティエラ”であるか、不明である。それ以外の古い遺跡は全て崩壊した状態でジャングルや砂漠に放置されていた。これらは古い時代の”ヴェルデ・ティエラ”が建設した都市や神殿であり、近年、それらの遺跡で発見された壁画や彫刻、神代文字の解読から”ヴェルデ・シエロ”が実在していたのであろうと考えられている。
 考古学と歴史学では、”ヴェルデ・シエロ”は滅亡した民族であるが、民間信仰においては、彼等はまだ生きており、セルバ人の中に混じり込んで暮らしていると信じられている。その為、現代でもセルバ共和国では、”ヴェルデ・シエロ”の悪口やその名をみだりに口に出すことはタブーとされている。また、困った時に助けてくれる存在であるとの信仰もあり、バルで「雨を降らせる人を探している」と言えば、”ヴェルデ・シエロ”がやって来て力になってくれると信じられている。
 前置きが長くなったが、古い遺跡で”ヴェルデ・シエロ”を祀ったと考えられる場所の特定が出来ることを、最近グラダ大学の考古学部准教授ハイメ・ンゲマが記者に教えてくれた。これは決して新発見ではなく、以前からセルバの考古学者の間では常識だったらしい。20世紀以上昔の遺跡は殆どが風化して建造物の名残を見つけるのも難しいが、ある共通点があると言う。それは、神殿と思われる場所に、7つの柱の基礎があることだ。この7つの柱は一列に並んでいる所があれば、4対3の割合で向き合っていることもある。また円形に並んでいる場所もある。この7と言う数字が”ヴェルデ・シエロ”の7部族を表していると考えられている。何故なら、この7本の柱の跡は、直径が等しくないのだ。必ず同じ比率で大小があり、このことは各部族の順位、あるいは勢力の大きさ、もしくは人口を表現しているのだと推測される。何故”ヴェルデ・シエロ”は部族の順位を示す必要があったのだろうか。何故どの遺跡も神殿だけが跡形もなく破壊されているのか。それは”ヴェルデ・シエロ”が歴史から消えた謎と関係しているのか。
 考古学者達の関心は、今やセルバ共和国の密林に眠る遺跡達に注がれているのである。
                              ベアトリス・レンドイロ

 シエンシア・ディアリア誌の記事を声に出して読み上げたマハルダ・デネロス少尉は、最後の記者の署名を読むと、雑誌を閉じた。そして仲間を見た。読む前に「食べながら聞いて」と言ったので、仲間は各自好きな場所で皿を抱えて蒸した米と鶏肉の料理を食べていた。テーブルが4席しかない小さな物だったので、椅子に座ってテーブル前にいたのは、ケツァル少佐とロホだけだった。デネロスの席もそこにあった。アスルとギャラガはソファにいた。もう一人、若い兵士がソファの端っこにいて、遠慮がちに食事をしていた。制服は憲兵隊で、大統領警護隊ではない。肩章は少尉だった。
 デネロスは言った。

「この記事を読む限り、レンドイロが一族の誰かを怒らせた様には思えません。アスクラカンで何かの犯罪に巻き込まれたと考える方が妥当だと私は考えます。」

 ロホも頷いた。

「私もそう思う。行方不明の記者の捜索は、憲兵隊と警察に任せて構わないだろう。」

 憲兵が少佐を見た。

「遺跡まで行く必要はないのでありますか?」
「どの遺跡です?」

 ケツァル少佐は頭の中にアスクラカン周辺の地図を思い浮かべてみた。

「オルガ・グランデ行きのバスの乗車券を購入したのに、わざわざ途中下車して寄り道するような遺跡は、アスクラカンの近くにありません。どうしても行きたいのなら、デランテロ・オクタカス迄航空機で行った方が早いです。デランテロ・オクタカスからなら、4箇所の遺跡に行けます。オクタカス、カブラロカ、ケマ・ポンテ、イルクーカです。レンドイロは行方不明になる前にンゲマ准教授にカブラロカの場所を尋ねたそうです。本当にカブラロカに行くのでしたら、飛行機に乗ったでしょう。彼女は今回本当にオルガ・グランデを目指した筈です。アスクラカンで休憩の為に降車して、そこで何らかのトラブルがあったに違いありません。」

 憲兵が立ち上がり、皿をテーブルに置いた。

「わかりました。では、アスクラカン周辺の森や畑の捜索に力を入れます。身代金の要求はないので、ゲリラの誘拐の線は弱いですが、彼女が抵抗して殺害されてしまった可能性は捨てきれません。”砂の民”の仕事の可能性がないのなら、存分に働いてきます。ご協力、感謝します。」

 彼は敬礼した。大統領警護隊も全員が立ち上がり、憲兵隊で勤務する一族の若者に敬意を表した。
 憲兵が家から出て行った。大統領警護隊はリラックスモードに入った。アスルが憲兵が置いた皿を見て、

「あと2口で完食だったのに・・・」

と愚痴った。食べ残されて悔しいのだ。少佐が苦笑して彼を宥めた。

「少し残して、食べきれない程ご馳走してもらった、と言う感謝の印です。」
「承知していますが、私は全部食べて欲しかった。」

 気難しい先輩の主張に、ギャラガとデネロスも苦笑するしかない。ロホは綺麗に食べて、食器をシンクへ運んだ。

「しかし、留守中に自宅を会合の場所に使われたりして、テオが気を悪くしないか?」
「構わない。」

とアスル。

「俺の家でもあるから、自由に友達を連れて来て良いと彼は言った。」

 少佐が少し心配した。

「まさか、サッカーチームを連れて来たりしていないでしょうね?」
「それはありません。」

とアスルがムッとした。

「理性のある人間しかここへ入れませんから。」

 大統領警護隊文化保護担当部はドッと笑った。アスルのサッカーチームは、大統領警護隊の隊員で構成されているのだが・・・。

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