2022/04/04

第6部 七柱    28

  2日後、テオがエル・ティティに帰省する準備をして、昼食を買いに出かけた、ほんの半時間に、彼の自宅に侵入者がいた。テオは帰宅して、家の前の緑の鳥のロゴ入りの車を見て、玄関の鍵が掛かっていないドアを開けて入った。居間のソファの上で、カルロ・ステファンが瓶入りのコーラを飲みながらテレビを見ていた。

「勤務中じゃないのか?」

 テオはテーブルの上にテイクアウトのサンドウィッチを広げながら声をかけた。ステファンは顔だけ向けて答えた。

「食材の仕入れで出かけて、休憩しているだけです。」

 テオは笑った。大統領警護隊は一体何処で食材を仕入れるのだ? 

「実家で休憩しないのか?」
「またそんなことを言う・・・」

 ステファンが拗ねた表情を作って見せた。テオはまた笑った。カタリナ・ステファンが昔馴染みと再会して楽しいひと時を持ったことは、ステファンには内緒だった。フィデル・ケサダ教授の正体をまだステファンに明かすお許しが、ケツァル少佐からもケサダ教授からも出ていない。カタリナさえ息子に何も言わないのだ。

「本部の厨房勤務は楽しいかい?」
「楽しむ余裕はないですね。忙しいの一言です。専門で業務している隊員と違って、私は修行なので、下働きが多いですよ。太平洋警備室の厨房で自由に料理出来たことが嘘の様です。」

 テオは彼が太平洋警備室にいた隊員達のその後を知らされていないだろうと想像した。

「ガルソンとは出会ったかい? 彼は本部警備班車両部で中尉として働いているが?」
「スィ、彼とは食堂で出会いました。新しい仕事に慣れて、家族との時間を持てて、穏やかに働いています。貴方と出会えて、喜んでいました。」
「そうか。フレータ少尉のことは?」
「聞いていません。」
「彼女は南部国境警備隊の厨房勤務だ。向こうは厨房の仕事だけじゃなく、拘置所の検問破りや密輸で捕まった連中の世話もするので多忙らしいが、元気に勤務しているそうだよ。」
「それは良かった。」
「キロス中佐は退役した。グラダ・シティ郊外で、子供を対象にした体操教室を開いている。ガルソンの子供達はミックスで、母親は”ティエラ”だろ? だからガルソンの上官が彼女にガルソンの子供達の”シエロ”としての教育を依頼したそうだ。ガルソンが喜んでいた。もしかすると、キロス中佐はミックスの子供達の為の教室を開くかも知れないな。」
「それは、なんとまぁ・・・」

 ステファン大尉も嬉しそうだ。

「私は結局キロス中佐とまともに言葉を交わしたことがありませんでしたが、知性高い、優しい方だと感じました。過去の私の様に、能力の抑制に悩むミックスの子供達を教育して頂けるなら、一族としても喜ばしいことです。」

 テオも頷いた。そして、一番気がかりな人の話をした。

「パエスは少尉になって、北部国境警備隊に配属された。現在、クエバ・ネグラ検問所で勤務している。彼は人付き合いが上手くなくて、ハラールを施されていない食事を拒否し、同僚と気まずくなった。」

 すると、スレファンが片手を上げて、彼の話を遮る許可を求めた。テオは口を閉じた。ステファンが軽く頭を下げて感謝を示し、話し始めた。

「現在の私の上役の一人が、クエバ・ネグラへ派遣されました。現地の料理人、陸軍の食堂の業者だそうですが、彼等に儀式を教授しに行ったのです。初めは業者から作業手順が増えると文句が出たそうですが、陸軍が給金を上げることを約束したので、儀式を承諾しました。これから彼等がサボらないよう、陸軍兵が監視をします。」
「そうなのか・・・」
「パエスがどうするかは、彼の問題です。どうしても同僚と上手く行かないのであれば、退役すれば良い。彼の立場では転属願いを受けてもらえませんから。冷たい様ですが、彼は大統領警護隊の隊員です。隊則と掟は守らなければなりません。」

 テオは頷いた。パエスは子持ちの”ティエラ”の女性と結婚した。他の隊員達と条件が異なる。そして懲戒を受けた身だ。現状は厳しいだろう。しかしテオ達に彼を助けることは出来ないのだ。彼自身が選択して進んだ道だから。
 ステファンの携帯が鳴った。ステファン大尉は画面を見て、何か入力した。そして、瓶に残っていたコーラを一気に飲み干した。

「上官が呼んでいます。彼も休憩が終わったんです。迎えに行って来ます。」

 テオは吹き出した。ステファンは単独ではなく、上官と買い物に出て来て、上官がサボりたいから、彼も一緒にサボっていたのだ。こんな緩さが国境警備隊にもある筈だ。パエス少尉がそれに気が付けば良いのだが。
 テオはステファン大尉を軽くハグしてやった。ステファン大尉も最近はかなりハグに慣れてきた。逞しい腕でテオにハグを返して、「またそのうち」と言って、出て行った。


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