2022/05/19

第7部 渓谷の秘密      4

  ステファン大尉は海岸で直属の上官セプルベダ少佐に電話をかけて、彼とデルガド少尉が遅れて帰還する理由を報告した。彼等2人が他の部下達と別行動を取る旨は既に伝えてあったので、今度の電話の要件は木偶をロカ・ブランカで処理しなければならなかった理由の報告だ。”曙のピラミッド”の聖なるママコナが木偶をグラダ・シティに持ち込むことを拒んだと聞き、セプルベダ少佐は「仕方あるまいよ」と呟いた。

ーーあのお方は首都を守らねばならないからな。取り憑かれる人間が”シエロ”ならあのお方も直ぐに誰が被害者か察知出来るが、”ティエラ”が被害者の場合は誰に悪霊が取り憑いてしまうのか、あのお方も我々もわからない。実際に被害者が別の人間を襲う迄わからないからな。人口が少ない地方で被害を最小限に食い止めたいとお考えになられたのだろう。
「しかし、”名を秘めた女の人”が遊撃班でも警備班でもなく文化保護担当部の指揮官に処理を命じられたのは・・・」

 ステファン大尉は上官の顔を潰したのではないかと、心配した。しかしセプルベダ少佐はいつもの如く、カラカラと明るく笑った。

ーー私は女性ではないぞ、ステファン。当代のママコナは困ったことが起きれば、まずは女性達に接触なさる。きっと女同士互いに感応しやすいのだろう。厨房でも君達男ではなく女性隊員に食事の我儘を仰っていただろう?
「あー・・・そう言えば・・・」

 ステファン大尉は苦笑した。彼自身はママコナのテレパシーを読み取れないが、神殿が本部厨房と直結しているので、女官が文書で大巫女様の食事のリクエストを持って来ていた。但し、ステファンや男性の専属厨房係隊員ではなく、女性隊員宛てばかりだった。

ーー大きな声では言えないが、巫女様はお年頃の女性だからな。

とセプルベダ少佐は言った。生まれて直ぐに神殿に迎えられ、一度も外に出たことがない女性の人生をちょっと考えたのだろう。ママコナは世界を見る能力があると言われている。だがピラミッドの中で瞑想して見る世界ではなく、実際に海の音や草原を渡る風や山の厳しさを体験なさりたいのではないか、とステファンはちょっぴりママコナに同情を覚えた。古代から幾世代もそうして閉ざされた空間で一生を終えて来た女性達を思った。そして姉や妹やマハルダ・デネロスがそんな境遇に生まれなくて良かったとも思ってしまった。

「半時間休憩を取ってから、帰還します。」

 ステファン大尉は上官に告げて電話を終えた。
 砂浜の外れで、古い漁船の影に入ったケツァル少佐とデルガド少尉が休んでいた。悪霊浄化で力を使ったので、休んでいるのだ。少佐はロホにお祓いが無事に終わったことを連絡して、ステファンが近づくと、「貴方も休みなさい」と言った。ステファンは部下を見た。デルガド少尉はあろうことかケツァル少佐のすぐ横で猫の様に丸くなって眠っていた。長身を胎児の姿勢にして本当に寝ていた。ステファンが眉を上げたので、ケツァル少佐が少尉を庇った。

「グワマナ族のエミリオにすれば、さっきのマックス攻撃波はかなりの消耗です。大目に見てあげなさい。」
「わかっています。」

 姉の隣は俺の場所なんだ、とステファン大尉は心の中で毒づいた。デルガドに他意がないとわかってはいたが。それに今、少佐の隣が空いていたとしても、彼が座れば少佐は鬱陶しがるだろう。ステファンは少し離れた影の中に腰を下ろした。

「ドクトルと上手く行っていますか?」
「余計な質問はしなくてよろしい。」

と少佐はつっけんどんに言い、それから答えた。

「一緒に住んでいると言うだけで、以前と変わりませんよ。」

 つまり、上手く行っているのだ。安堵と嫉妬が同時に起きて、ステファンは未練たらしい己にうんざりした。テオドール・アルストとケツァル少佐の同居は文化保護担当部に何ら変化を齎さなかった。つまり、それだけあの北米からやって来た白人は仲間に溶け込んでいるのだ。アスルがテオと同居を始めた時も同じだ。寧ろそれまで宿無しだったアスルが遂に定住したか、と仲間達は安堵したのだ。ステファンが文化保護担当部から出て行った時の方が仲間のショックは大きかったのだ。
 少佐が優しい目で、眠るエミリオ・デルガド少尉を見下ろしていた。ステファンはふと不安になった。少佐がデルガドを文化保護担当部に欲しいと言い出したらどうしよう? デルガドは結構文化保護担当部の仲間に気に入られている。気難しいアスルさえ、彼を家に泊めるし、チェッカーの相手をさせるし、マハルダ・デネロスもデルガドには優しい。だがステファンにとっても頼りになる部下だ。超能力の強さが遊撃班で一番弱いグワマナ族にも関わらず、デルガドは努力と才能で他部族の同僚と同等の活躍をしてみせる。そこが純血種の凄いところだ。異人種ミックスのステファンには必要不可欠な補佐だ。

「エミリオをそんな目で見ないで下さい。」

 ステファンはついそう口に出して言ってしまった。少佐が彼を見た。暫く眺め、それから小さく噴き出した。

「この子を取られたくなければ、指揮官としての腕をもっと上げなさい。」

 姉らしい言葉を残して、彼女は立ち上がった。

「先に帰ります。貴方はもう少し休息が必要です。無理せずに戻りなさい。」


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