2022/07/19

第7部 ミーヤ      9

  10日経った。テオとカタラーニは隣国で採取した遺伝子の分析を何とか7割ほど終わらせた。残りは授業の合間などで片付けていくしかない。

「カブラ族との共通性って、セルバ国民との共通性って言うのと同じレベルですね。みんな同じだ。」

とカタラーニの助手を務めている学生がぼやいた。それに対してカタラーニが、

「そんなことを言っている内は、遺伝子学者としてはまだまだだな。要するに親族関係の分析みたいなものなんだから、もっと細部の違いを見るんだよ!」

とアドバイスした。テオは愛弟子の成長を頼もしく思い、微笑ましく見ていた。カタラーニだってテオに対しては似た様な愚痴をこぼしていたのだが、実際の分析作業に入ると真剣に学者の卵として仕事に励んでいるのだった。
 休憩時間にコーヒーを飲んでいると、テオの携帯に電話がかかって来た。見るとカルロ・ステファン大尉からだった。駐車場にいるので出て来れないか、と言う。テオは助手達に留守を頼み、すぐに研究室を出た。
 ステファン大尉は職員用駐車場の端にジープを停めてタバコを咥えていた。火は点けていない。最近は咥えるだけで吸わないようだ。自分で気の抑制が上手く出来るようになったので、口寂しいだけなのだろう。
 テオとハグで挨拶を交わすのも慣れてしまった。

「遊撃班の副指揮官がお出ましとは、また緊急の要件かい?」
「そうではありません。こちらからの情報提供です。」

 ステファンは周囲をチラリと見回した。

「例の3人の軍人の目的です。」

 ああ、とテオは言った。アランバルリ少佐と側近達は大統領警護隊に捕まって、それっきりテオ達に彼等のその後の情報がなかったのだ。所謂テレパシーで他人を操ることが出来る3人の隣国の兵士が、何の目的でセルバ共和国に仲間を求めたのか、それがテオと仲間達が知りたい情報だった。

「ドクトルは今回の調査の前に、隣国政府から依頼された仕事をされていましたね?」
「スィ。旧政権によって虐殺された隣国の市民の遺体の身元確認だ。比較する遺族の遺伝子の方が多過ぎるので、まだ半分しか判明していない。そこへ今回の仕事が割り込んだ。」
「申し訳ありません。自国の用事が優先で・・・兎に角、アランバルリはその旧政権の隠れ残党だったのです。」
「ほう・・・」

 それだけ聞くと、あの3人の目的がわかった様な気がした。

「もう一度政権を奪回しようって企んでいたのか?」
「あいつらは政治をする能力を持っていません。投獄された親戚を奪い返したい、それだけでした。」
「親戚を牢獄から出して、どうするつもりだったんだ? またクーデターでも起こすのか?」
「そこまでの考えはなかった様です。恐らく、亡命したかったのでしょう。偽造パスポートや資産の海外移動とか、そんな準備をしていた様です。武力で刑務所を襲えば大騒ぎになるし、亡命先に予定している国が受け入れてくれるとは限らない。だから”操心”でこっそり仲間を脱獄させて船で逃げる計画だったのです。いや、計画と言える段階まで立てていませんでした。仲間を増やそうと言う段階です。」

 テオは溜め息をついた。向こうはそれなりに真剣だったのだろうが、こちらも危ない橋を渡らされた。

「司令部が許したのかい、君がその情報を俺に伝えることを?」
「スィ。ペドロ・コボスが貴方を毒矢で射た件も関係していましたから。」
「え?」

 びっくりだ。コボスが国境を越えてセルバ共和国に侵入しテオを吹き矢で射たことと、アランバルリが関係していたのか? ステファンは続けた。

「アランバルリはコボスにセルバ人を捕まえて来いと命じたそうです。コボスが死んでしまったので、彼の行動は推測するしかありませんが、恐らく彼はケツァル少佐と貴方が一緒にいるのを見て、女を攫おうと思い、邪魔な貴方を排除するつもりで吹き矢を射たのでしょう。きっとロホの存在に気づいていなかったのです。ロホがいるとわかっていれば、先にロホを倒すことを選択したと思います。」

 テオはまた溜め息をついた。ペドロ・コボスはテレパシーで操られ、無駄に命を失ってしまったのだ。認知症の高齢の母親と引き篭もりの兄を残して死んでしまった。

「あいつら、自分達のことしか考えていなかったんだな・・・」
「スィ。だから政権の座から追い払われたのです。それを自覚していないのです。」

 ステファンもちょっと哀しそうだ。テオはコボス家の遺族に何もしてやれないことを残念に思った。

「アランバルリ達はどうなるんだ?」
「隣国に帰しても脱走兵として指名手配されちゃってますから、すぐ捕まるでしょう。大統領警護隊は密入国を図ったとして、向こうの国境警備兵に引き渡す段取りを整えているところです。」

 そして、学舎の方をステファンは見て尋ねた。

「遺伝子の分析の方は捗っていますか?」
「何とか・・・セルバ政府からも隣国政府からもボーナスを弾んでもらえれば、もっと早くやっちまうけど?」

 やっとテオとステファンは笑う余裕が出来た。



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