2022/07/18

第7部 ミーヤ      8

  翌日からテオとアーロン・カタラーニは5名の学生を助手としてハエノキ村で採取した検体の遺伝子分析を始めた。全部で398人分だ。全員でないのは残念だったが、取り敢えず村長の協力で全戸から最低でも各2名分の遺伝子を採取出来た。セルバ共和国で採取したカブラ族との共通項を探す政府依頼の分析だから、堂々と大学に遠慮せずに研究室を使用出来た。少しでも”ヴェルデ・シエロ”の遺伝子があれば、とテオは期待したが、どれも「普通」の人間の遺伝子だった。ペドロ・コボスの母親と兄も普通の”ティエラ”だった。
 3日目に、アンドレ・ギャラガが3人分の遺伝子サンプルを持ち込んだ。

「司令部から言付かりました。アランバルリと2人の側近の物です。」

 ギャラガはテオにそう囁いて排水工事が終了した文化・教育省に戻って行った。テオはその3人の兵士のサンプルを「有志からの提供」と称して、学生に渡した。
 アランバルリと2人の側近があれからどうなったのか、大統領警護隊司令部はテオに教えてくれなかった。ケツァル少佐も知らないのだ。だから夕食の時にテオが3人の兵士の遺伝子サンプルをギャラガが届けてくれた話をすると、彼女はちょっと驚いた。

「それで今朝アンドレは遅刻したのですね。」

 ちょっと苦笑して見せた。

「マハルダに訊いても、彼が大学の正門前バス停で下車してキャンパスへ走り去ったと言うだけで、理由は彼女も知らないと答えました。考古学関連の忘れ物か何かだと思ったのです。」

 そして彼女はテーブルの上に身を乗り出した。

「検査結果は如何でした?」
「何もない。」

とテオは出来るだけ素気なく聞こえないよう努力して答えた。

「ハエノキ村の住民達からも3人の兵士からも、”シエロ”の因子は出ていない。そうだなぁ、アランバルリ達は確かに脳の働きに少し普通の人間と違ったものがありそうだが、所謂”出来損ない”の脳とは違うんだ。コンピューターで遺伝子から人間の細胞を再構築するプログラムを実験的に作ったんだが、”ヴェルデ・シエロ”の脳は全体的に普通の人間より無駄なく活発に働くことがわかった。それは純血種でも人種ミックスでも同じなんだ。ただ、異人種の血の割合が増えると、徐々に退化していく部分がある。それがどの能力がどんな順番でって言うのはまだ判然としないんだ。ただわかっているのは、目に関する能力だけは最後迄残る。夜目と”心話”だ。だからめっちゃ血が薄い人でも夜目は最後迄残るって、俺の研究でわかった。」
「アランバルリ達は夜目を使えないとアンドレが言っていました。」
「そうなんだ。彼等は夜目と”心話”を使えない。だけど”操心”は使える。」
「”幻視”は使えない?」
「使えない。」

 暫くテオと少佐は黙って食事を続けた。そしてほぼ同時に口を開いた。

「思うに・・・」
「思うのですが・・・」

 一瞬目を合わせ、それから少佐がいつもの如く優先権を取った。

「アランバルリと2人の側近は、普通の超能力者ではないのですか?」
「俺もそう思う。それでちょっと分析の方向を変えようと思う。」
「方向?」
「彼等3人の血縁関係だよ。単純に、親戚同士なのじゃないかって。同じ能力を持った従兄弟同士の可能性もあるだろう?」
「そうです。」
「他人の心を支配して動かせるが、持続時間や有効範囲が狭いんだ。だから目的達成の為に仲間を増やしたいと思った、それで似たような力を持った神様がいたと言うセルバの伝説を聞いて、神様の子孫がいないか探ってみようとしたのだろう。」
「彼等の目的とは何です?」
「それは司令部に訊いてくれないか。彼等がアランバルリ達を抑えているんだから。」


 

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