2022/07/08

第7部 誘拐      8

 アランバルリ少佐のテントには歩哨がいなかった。野営地の中なので安全だと思っているのだ。武器を持たない村人が襲って来るとも思っていない。悪党にしては間が抜けているとテオは思った。
 ギャラガが囁いた。

「私が中に入ってアーロンを救出します。貴方は外で邪魔が入らないよう見張って下さい。もし誰かがテントに近づいて来る様なら、口笛を吹いて・・・」
「鳥真似は出来ない。ピッと一瞬鳴らすだけで良いか?」
「結構です。」

 2人はそっとテントに忍び寄った。横手に木箱がいくつか積み上げられていた。テオは中身は何だろうと気になったが、開いて見る暇はなかった。木箱の後ろに身を隠し、ギャラガが堂々とテントに入って行くのを見守った。
 ギャラガに渡された小型拳銃を握る手が汗ばんだ。以前もこんな経験をした。ロホが反政府ゲリラ”赤い森”に捕まった時だ。先にテオが誘拐され、ロホは彼の救出に成功したが今度は己が捕まってしまい重傷を負わされた。テオはロホを探しに来たケツァル少佐とカルロ・ステファンと出会い、3人でロホを救出する為にゲリラのキャンプに戻ったのだ。”赤い森”にはミックスの”シエロ”ディエゴ・カンパロがいた。ステファンが囮となってカンパロと一味をひきつけ、その間に少佐とテオが少佐の”幻視”を使ってロホを助け出した。3、4年前の話だが、もう遠い昔の様だ。テオは少佐が”幻視”を使って見張りの前を歩いて行くのを物陰から見守った。あの時の緊張感と同じだ。ギャラガを信じているが、自分がいざと言う時に動けるだろうかと緊張するのだ。
 物凄く長い時間が経った気がしたが、実際は10分足らずだったろう。テントから男が2人出て来た。1人は背中に大きな荷物を背負っていた。彼等は藪に向かって歩き出し、ギャラガが囁いた。

「ドクトル・・・」
「スィ」

 テオは立ち上がり、そっと彼等の後ろについた。先頭はギャラガだ。すぐわかった。真ん中は、驚いたことにアランバルリ少佐だ。そして背負われているのはアーロン・カタラーニだ。ギャラガは”操心”を使って、敵の大将を「誘拐」したのだ。
 カタラーニは静かだった。もう縛られていないから、ギャラガが逃走し易いように彼を眠らせているのだ、とテオは悟った。
 何だか凄いものを見ている、とテオは気がついた。
 アンドレ・ギャラガはほんの少し前まで”心話”さえ使えない落ちこぼれ”シエロ”だったのだ。それが上官達や先輩達に「信用」と言う大切な贈り物をもらい、メキメキと超能力の使い方を習得していった。”操心”と”連結”の区別がまだ未熟だと先輩に注意を受けていたばかりなのに、今、テオの目の前で見事に使いこなしている。しかも”シエロ”同士では使えないと考えられている”操心”でアランバルリを操っているのだ。

 そう言えばケサダ教授もアランバルリと側近2人に同時に”操心”と”連結”をかけて記憶を消した。彼は純血種だが、ミックスのアンドレもやるじゃないか! やっぱりグラダの血は凄い!!

 畑から村に出た。教会前広場まであと少しだ。 

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