2022/07/08

第7部 誘拐      7

 テオは忍耐強くギャラガを待っていた。絶対に安心とは言えないが、もしギャラガが見つかれば野営地に騒ぎが起きる筈だ。しかし兵士達は暢んびりしており、翌日セルバ人の護衛が終われば基地へ帰れると喜んでいた。彼等は田舎から軍隊に入った男達でありながら、この国境に近い寂れた村での勤務は嫌な様子だった。退屈なのだ。遊ぶ場所が全くない。飲み屋もない。女と遊ぶ店もなかった。
 テオが藪蚊に閉口しかけた頃にやっとギャラガが戻って来た。ギャラガがフッと息を吹くと藪蚊はいなくなった。
 テオはギャラガが正面にしゃがみ込むのを待った。

「アーロンはまだ生きています。」

とギャラガは最初にそう報告した。

「どんな状態かわかりませんが、アランバルリのテントにいる様です。」
「誘拐の目的は?」
「連中はセルバ人なら自分達と同じ力を持っているだろうと言う推測だけで彼を攫った様です。私は白人に見えるので排除対象となったのです。」
「つまり、連中は”シエロ”の正しい知識を持っていないのか。」
「その様です。同じ力を持つ仲間を集めて何かをしようと企んでいると思われます。」
「連中の数は?」
「私が聞いた限りでは3人です。少佐と側近が2人。結界を張っていませんでしたし、私の気を感じ取ることもなかったです。」

 テオは考え込んだ。3人だけで何をしようとしているのか。”操心”で兵隊を配下に置いてクーデターでも起こすのか? アランバルリが前大統領派で、投獄されている昔の仲間を救出するつもりだとしたら?
 ギャラガは野営地の様子をチラリと伺ってから、再び報告の続きを語った。

「今日の昼間の出来事を彼等は記憶していません。と言うか、記憶を抜かれたことを気がついているのですが、誰に抜かれたのか覚えていない様子です。しかし、教授が純血種であることはわかっていますから、疑っています。」

 テオは頷いた。

「教授も正体がバレたと悔やんでいる。彼はバスを結界で守って、”幻視”で俺達がいる様に見せかけて明日国境を越える計画だ。」
「成功を信じます。」

 ギャラガが微笑んだ。
 2人は薮の中を通り、ギャラガが立ち聞きした大きなテント迄歩いて行った。月明かりだけだから、テオは足元が見えなかった。慎重に物音を立てずに歩くと時間がかかったが、仕方がない。ギャラガも彼が夜目を使えない普通の人間だと承知しているから、少し前を先導し、躓きそうな障害物があれば立ち止まって、下を指差した。彼が微かに放出している気のお陰で虫や蛇に出会わずに済んだ。2人は野営地から聞こえて来る人の話声や物音に何度も耳を傾け、自分達の存在が気づかれていないことを確かめた。
 テントのそばに到着した時は夜が更けていた。テオは空腹を忘れていた。テントの中の灯りに男が2人座っている影が見えた。どちらも時々手を動かしたり、立ち上がったりしていたから、カタラーニではないだろう。男達の影の足元の荷物の様な物が捕虜に違いない。カタラーニは転がされているのだ。他のテントに軟禁されていないのであれば、だが。
 やがて影の一つが敬礼して、テントから出た。別のテントへ歩いて行く。残った影は足元の物体に声をかけた。

「水をやるから大人しくしていろ。声を出したら殺すぞ。」

 アランバルリの声だった。彼は床の上の捕虜を起こし、水筒を持って頭部へ近づけた。猿轡を外された捕虜が水を貪り飲むシルエットが見えた。
 水を飲み終わると、捕虜は再び猿轡を嵌められ、床に転がされた。
 アランバルリが灯りを消した。

  

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