2022/08/14

第8部 贈り物     21

  ケツァル少佐とカルロ・ステファン大尉が”着地”したのは、4階建てのビルの屋上だった。排気の為に設けられた煙突の様な物が数基並んでいた。空気は乾いており、ひんやりとしていた。寒いと言った方が近い気温だ。夜の高原地帯の気候だった。市街地の外れと言っても辺鄙な場所ではなく、コンドミニアムが並んでいる。間を通る道も狭くない。オルガ・グランデの富裕層が住む地域だ。
 少佐は街中であるとわかると、携帯で位置情報を探った。

「この建物の中に、バルデスの自宅があります。」

 ステファンが眉を上げた。ちょっと意外だ、と言いたげな表情だった。

「アンゲルスの邸に住んでいるんじゃないんですか?」
「呪殺した元主人の家に住みたいですか、貴方は?」
「・・・ノ・・・」

 郊外の丘の上にあった豪邸は、恐らく売却してしまったのだろう。アントニオ・バルデスはマフィアの首領の様に豪胆で無慈悲な面を持っているが、反面迷信深く、古い信仰も持っていた。
 少佐は屋上から建物の中に入る入り口を探した。ドアが施錠されていたが、”ヴェルデ・シエロ”にはないのも同然だ。彼等は屋内に入り、狭い階段を降りて行った。住民が利用すると言うより、メンテナンス用の階段の様だ。踊り場に来る度に少佐はそこにあるドアに手を置いて、バルデスの部屋を探った。ステファンには、彼女がどんな能力を使っているのか、よくわからなかった。”ヴェルデ・シエロ”には透視能力などなかった筈だが。
 3階と4階の間の中二階のドアを通り過ぎ、3階のドアの前に来ると、彼女はドアを押し開いた。通路の右側は薄い壁で、大きな窓が並んでいる。バルコニー形式の廊下だ。オルガ・グランデ市街地の夜景が見えた。左側はドアが4つ。どれも廊下との間に鉄柵のフェンスがあり、少し入ってからまたドアがある、用心深い造りだ。その鉄柵に飾り付けがされていたり、柵の中に鉢植えが並んでいたり、それぞれの住民のセンスが出ていた。
 バルデスの家はメンテナンス階段から2つ目で、花の蕾がいっぱい付いた鉢植えが前庭に並んでいた。富豪にしては質素な住まいだ、とステファンは思った。
 少佐がドアの前でバルデスに電話を掛けた。画面に出たバルデスは、ベッドの中だった。

ーーバルデス・・・
「ケツァルです。」

 バルデスがガバッと起き上がった。画面が暗くなったのは、手で覆ったからだ。隣に妻が寝ているのだろう。彼は小声で囁いた。

ーーこの時間に何の用です?
「今、貴方の家の前に立っています。」

 それ以上は無用だった。バルデスは、「すぐ行きます」と答えて、電話を切った。2分間待たされた。ステファンは廊下の左右を警戒したが、誰もいなかった。外ではまだ活動している人間が少なくなかったが、この高級コンドミニアムの住民は、夜になると寝るのだ。
 ガチャリと音がして、バルデスがドアを少し開けて外を覗いた。ケツァル少佐が徽章を出して見せた。そっくりさんではなく、本物だ、と言うパフォーマンスだ。勿論バルデスは”ヴェルデ・シエロ”が”幻視”を使う種族だと知っているだろうが、疑いもなくドアを開いた。そして手招きした。

「中へ・・・」

 少佐がステファンに「ついて来い」と合図して、2人はバルデスの自宅内に入った。
 広い居間を突っ切り、バルデスは書斎と思しき部屋へ2人を招き入れた。ドアを閉め、施錠したが、それは2人を閉じ込めるのではなく、家族や使用人が入ってくるのを防ぐ目的だった。
 書斎は彼の仕事部屋なのだろう、IT機器が数台あり、モニターもあった。書物も書棚に並んでいた。バルデスは照明を点け、サイドボードに歩み寄った。

「何か飲まれますか?」
「水を。」

 少佐が答えると、ステファンも頷いた。バルデスは2人の客に水を、彼自身にはウィスキーを注いだ。そしてグラスを差し出して、尋ねた。

「で、ご用件は?」


0 件のコメント:

第11部  紅い水晶     20

  間も無く救急隊員が3名階段を昇ってきた。1人は医療キットを持ち、2人は折り畳みストレッチャーを運んでいた。医療キットを持つ隊員が倒れているディエゴ・トーレスを見た。 「貧血ですか?」 「そう見えますか?」 「失血が多くて出血性ショックを起こしている様に見えます。」 「彼は怪我...