ケツァル少佐とカルロ・ステファン大尉は路地の屋台で適当に簡単な夕食を済ませた。そして”入り口”を探して歩き続けた。空間通路の入り口を探すのはブーカ族の得意分野だが、グラダ族はそれほどでもない。万能の部族と呼ばれる割に、少佐も大尉も空間通路の使用は苦手だった。
「これは家系でしょうか?」
とステファンが呟いた。実際の仕事に取り掛かる前に歩き疲れたくなかった。
「そうではなくて、適当な”入り口”が今夜は少ないだけです。」
少佐はいくつか空間の歪みを見つけたが、通路になるような大きさのものはなかったし、オルガ・グランデに通じていそうなものもなかった。ロホは”入り口”探しが得意だが、彼には彼の任務がある。それにアスルも空間の歪みを探しているところだろう。
「せめてデネロスを連れて来れば良かった・・・」
弟のぼやきを少佐は聞き流した。カルロ・ステファンは任務遂行中は黙って働けるが、彼女と2人でいる時は、どう言う訳か、昔から愚痴が多かった。彼女との血縁関係が判明する以前からだ。上官に愚痴るなんて生意気だ、と少佐は時々注意したが効き目がないのだった。恐らくどこかで姉だと本能的にわかっていて、甘えているのだ。そう言えば、テオも「カルロが愚痴って・・・」と彼女に訴えることがある。ステファンはテオにも甘えているのだ。
「でかいなりして、グチグチ言うんじゃありません。」
と言った時、路地の角に酔っぱらいが座り込んでいるのが見えた。酒瓶を片手に歌を歌っている、その男の横に手頃な空間の歪みが生じていた。
少佐は足を止め、ステファンに顎でその歪みを指した。
「あの酔っぱらいをなんとかしなさい。」
ステファン大尉は酔っぱらいを見た。50絡みの日焼けした顔で、服装は悪くない、普通の庶民の普段着だ。顔も無精髭が生えているが、今朝剃った髭が伸びた程度だ。まだ無事な財布がズボンの尻ポケットに入っているのが見えた。それにしても不用心だ。
ステファン大尉は男の前に立ち、声をかけた。
「おっさん、家はどこだ? こんな所で座ってちゃ駄目だ。」
「家はそこ・・・」
男は酒瓶を持っていない方の手で、路地の奥を指した。
「帰るとカアちゃんに酒を取り上げられるから、ここで飲むんだい!」
「それじゃ、反対側に移動してくれないか?」
「なんで?」
「そこは俺の場所なんだ。」
ステファンは緑の鳥の徽章を出して見せた。男は暫くそれを眺めてから、ああ、と呟いた。
「これは、これは、兵隊さん、失礼しました。」
男は立ち上がろうとした。足元がふらついたので、ステファンは片手で男の腕を支えた。
「家はそこだって?」
「スィ、そこ・・・」
2人の男はゆっくりと路地を20メートル程歩いて行った。その間に少佐は歪みの大きさと繋がり先を確認した。これなら国内だったらどこでも行ける。
振り返ると、一軒の家のドアの前に男が座り込む所だった。ステファンが「ここで良いか?」と尋ね、男は「スィ、スィ」と答えた。
酔っぱらいを放置してステファンが戻って来た。
「お待たせしました。」
「グラシャス、では、行きましょう。」
2人が手を繋いだ時、路地の向こうで女性の怒鳴り声が響いた。
「あんた! また飲んだくれて! さっさと家に入んな!」
「ごめん、カアちゃん、ごめん、マリア・・・」
ステファンは男が女に引き摺られるように家に入って行くのを視野の片隅で見た。少なくとも、あのおっさんは財布を辻強盗に取られずに済んだようだ。
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