2022/09/28

第8部 チクチャン     8

  「おやすみなさい」と言って、ステファン大尉、デネロス少尉、ギャラガ少尉はケツァル少佐のアパートを出た。テオが送ってやるよ、と言って、キーを掴むと、少佐はアスルを振り返った。

「貴方も便乗して帰りなさい。」

 しかしアスルは食器を片付けながら答えた。

「ロホが乗せてくれるなら、ビートルで帰ります。」

 既に厨房で皿洗いに励んでいるロホが笑った。

「いつでも乗せるさ。今夜は寄り道しないから。」

 それで、テオは急いで3人を追いかけて外に出た。エレベーターを嫌う大統領警護隊より先に駐車場に着いた。エレベーターホールから車に向かって歩いていると、何か人の気配がした様な気がした。立ち止まって周囲を見回したが、誰かがいる様子はなかった。車の陰に隠れている強盗とかだったら嫌だな、と思った。アパート本体はセキュリティがしっかりしているが、駐車場は防犯カメラだけだ。車に到着した時、階段から3人の将校が降りて来た。彼等はテオの車に向かって歩き始めたが、ステファン大尉が足を止めた。

「呼ばれました。」

と彼は言い、友人達を驚かせた。彼はテオに向かって言った。

「少尉2人と車内でお待ち下さい。多分、知り合いです。」

 危険のない相手だと言いたいのだ。デネロスがギャラガを促してテオの側に来た。上官が行けと言うなら従うしかない。テオはデネロス、ギャラガと一緒に車の中に座り、ステファン大尉の方を見た。
 ステファン大尉は何処かに行くでもなく、その場に立っていた。すると暗がりの中から男性が1人現れた。それを見て、テオは驚いた。彼だけでなく、デネロスもギャラガも驚いた。

「ケサダ教授だ!」
「こんな時間にこんな場所で、大尉に何の用だろう?」

 ケツァル少佐ではなく、ステファン大尉にケサダ教授が”感応”で呼びかけたのだ。さっきの気配は教授だったのだ、とテオは知った。テオの勘が鋭いこともあるが、教授は彼に存在を知られても平気だから敢えて気配を殺したりしなかったのだ。
 大尉と教授は普通に挨拶を交わし、教授が何かを大尉に”心話”で伝えた。テオはステファン大尉がギョッと目を見張るのを目撃した。ケサダ教授は何か特別な情報を伝えたようだ。

 しかし、何故伝える相手が少佐でなくカルロなんだ?

 ステファンが口頭で何か質問した。教授が首を振り、何か答えた。そして、2人は丁寧に別れの挨拶を交わした。
 ケサダ教授は現れた時と同じ様に、静かに暗闇の中に去って行った。ステファン大尉はその後ろ姿に敬礼してから、テオの車に向かって歩いて来た。
 テオは彼が車内に座るまで待ち遠しかった。何の話し合いが行われたのだろう。ステファンはそれを教えてくれるだろうか?
 デネロス少尉が助手席から後部席に座った上官に尋ねた。

「教授は何の用事だったんですか? お尋ねしても宜しいですか?」
「ノ。」

 予想通りの返事だった。ステファンは腕組みして目を閉じた。隣のギャラガ少尉はちょっと迷ってから言った。

「私は読唇が出来ます。」
「知っている。」
「見えたことを喋っても構いませんか?」
「それは構わない。」

 ステファン大尉は目を閉じたままだ。テオはゆっくり車を出した。ギャラガが言った。

「大尉は教授に『少佐に伝えても良いですか』と訊かれ、教授は『司令部に伝えてからにしなさい』と仰いました。」

 デネロスが身じろぎした。

「それって・・・何だかやばい情報じゃないですか?」
「だから、俺は黙っている。」

 ケツァル少佐から「情報を盗まれるうっかり者」と評されるステファン大尉はそれっきりダンマリを決め込んだ。


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