何となく静まり返ってしまった車が大統領警護隊の通用門の前に到着した。ギャラガ少尉とデネロス少尉がテオに礼を言って、降車した。ステファン大尉も降りたが、ドアを開けたままだった。彼は後輩達が門の中に入ってしまうのを確認してから、運転席のテオを覗き込んだ。
「少佐には、さっきの話を黙っていてくれますね?」
「内容がわからないから、話しても仕方がないだろう。それに彼女に教えて良い話なら司令部から連絡が行くんだろ?」
どうせ俺には来ないだろうけど、とテオは心の中でやっかんだ。ステファンがちょっと頷いてから、囁いた。
「私は口が軽いので、貴方には話してしまいます。」
「おい!」
これはびっくりだ。テオはステファンを見上げた。ステファン大尉が言った。
「マスケゴ族の族長後継者の争いが始まっている、と”あの人”は仰ったのです。」
テオは息を呑んだ。マスケゴ族の族長はファルゴ・デ・ムリリョだ。しかし彼は長老会の最高幹部でもあり、高齢だ。族長は決して高齢者とは決まっていない。そして外国では誤解が多いが、世襲制でもない。部族のリーダーにふさわしい人を選挙で決めるのだ。
「博士は次の選挙には出ないつもりなのか?」
「あの方は引き際をご存じです。それに族長は2期で終わり、大統領と同じです。独裁を防ぐために、古代からそう決められています。」
「それじゃ、息子のアブラーンは・・・」
「世襲ではないので、立候補しなければなりません。しかし、アブラーンは会社経営で忙しい。族長の仕事をする暇がないので、今回立候補しません。それに彼は族長になりたいと希望を口にしたこともありません。」
「すると、他のマスケゴ族の家族から候補者が出ているのか?」
「純血種のマスケゴ族が何家族いるのか、私は知りませんが、水面下での争いは既に始まっているでしょうね。」
「それなりに権力を握れるからな・・・だが、どうして”彼”が君にそんな話を・・・」
テオの頭にある考えが浮かんだ。
「まさか、シショカもその族長選挙に絡んでいるのか?」
「可能性はあります。彼が立候補するつもりなのか、或いは候補者の支援者なのか、それは不明ですが、今回の神像の件はマスケゴ族の選挙に関係している可能性があります。」
「”彼”は候補ではないんだな?」
ケサダ教授を次の族長に、と言ってくれる人がいる、と以前ムリリョ博士自身がテオに語ったことがあった。しかしケサダ教授はマスケゴ族ではない。マスケゴとして育てられたグラダ族で、本人もそれを承知している。決して目立つことはするまいと心に誓っている人なのだ。だから彼は常に義父と義兄の陰に隠れている。
「神像を盗んだのは、マスケゴ族かも知れません。」
とステファン大尉が言った。
「もしそうなら、大統領警護隊司令部が遊撃班に捜査を命じるでしょう。文化保護担当部の管轄ではなくなります。」
もし司令部からケツァル少佐に連絡が行くとすれば、今回の盗難事件捜査から手を引けと言う指示になるのだろう。
テオは溜め息をついた。
「彼女があっさり手を引くと思えないがな・・・」
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