アゴースト兄弟社の経営者のアゴーストは実際に兄弟だった。兄が経営を弟が設計を担当しており、サスコシ族の族長の家より立派な屋敷を構えていた。しかしアスクラカン随一の大富豪サンシエラ一族の屋敷よりは小さい、とケツァル少佐は思った。サンシエラ一族はサスコシ系のメスティーソで、今は殆ど白人に近い風貌の人々ばかりだ。”ヴェルデ・シエロ”の自覚がない人も多く、古代の神様を敬っているが、自分達がその末裔であると言う証の”心話”以外に能力を使うことなど毛頭考えていないのだった。アゴースト家は普通の建設会社で、屋敷は立派だが上流階級の匂いはなかった。一代で築き上げた財産を大事に使っている、しかし家族には贅沢させている、そんな感じだ。
ステファン大尉は再び屋敷の周囲の住民からアゴースト家の情報を収集した。ダム建設以降に歳を取った親が亡くなった程度で、特に災難がその家族に襲いかかった気配はなかった。
「チクチャンが犯人だとして、彼等は建設会社には遺恨はないのですかね。」
ステファンが少し気が抜けた感じで言った。ケツァル少佐は屋敷を塀の隙間越しに眺めて、首を傾げた。
「確かに金持ちの家ですけど、土建屋がそのまま大きくなったと言う感じですね。チクチャンはアゴーストを敵と見なしていないのかも知れません。彼等を潰したら、多くの従業員とその家族が路頭に迷います。」
「理性のある復讐者ですか。」
ステファンは、アンゲルス鉱石の社長を呪いで消しても腹心のバルデスがいたな、と思った。アンゲルス鉱石は巨大企業だが、有能な幹部が複数いる。創業者アンゲルスを消しても、誰も困らなかった。それはそれで寂しいな、と彼は思った。
彼の頭の中を読んだかのように、少佐が言った。
「建設大臣を消しても、建設省は機能し続けますからね。」
彼女は溜め息をついた。
「どんな意味を持つのでしょうね、彼等の復讐は?」
「アスルをもう一度盗難現場へ跳ばすことは無理ですか?」
「時間跳躍は難しいのですよ。タイミングが悪ければ、アスルが危険な目に陥ります。」
警備員が爆裂波で襲われたのだ。アスルだって同じ目に遭わされる可能性もあった。それは「過去をちょっと見る」では済まなくなる。
「マハルダやアスルが収集した情報では、若い男女のペアだった様ですね。」
「博物館に現れた人物は修道女の姿をしていたそうです。」
「”幻視”かも知れません。」
「チクチャンは何人いるのでしょう? 一家全員でしょうか?」
少佐はアゴーストの屋敷をもう一度眺め、それからアスクラカンの市役所の建物を民家の群れの向こうに眺めた。
「グラダ・シティに帰りましょう。」
え? とステファンが振り返った。
「他の族長には会わないのですか?」
「チクチャンはグラダ・シティにいると言う気がします。イグレシアス大臣が本当に死ぬかどうか見極めたいでしょうから。」
その時、少佐の携帯が鳴った。彼女が画面を見ると、テオからだった。
「オーラ・・・」
ーーオーラ、少佐! 忙しいかい?
「なんとも言えません。」
ーー大した用事じゃないんだが、ケサダ教授がシショカが動いていると言っていた。
ステファンは少佐がピクリと体を緊張させたのを感じた。少佐がスピーカーにしてくれた。
「シショカが動いている、とケサダが言ったのですか?」
ーースィ。教授は建設省のマスケゴって言ったから、シショカのことだろう?
「ムリリョ博士も動いているのでしょうか?」
ーーそこまでは知らない。教授はシショカが何をしているのかと言うことは知らない様子だった。ただ文化保護担当部が動いていると知って、何か思いついたようだ。
少佐はちょっと考えた。 テオが言い足した。
ーー俺は教授には関係ないことですと言っておいたが・・・
「それは関係あると言っているのと同じでしょう。」
ステファンが思わず口を出した。少佐はちらっと彼を見てから、携帯に注意を戻した。
「ケサダに何か出来ると言うこともないでしょうし、あの方はご家族や友人に直接関係すること以外には動きませんから、放っておいて下さい。」
ーーいいのかい?
「スィ。」
少佐は「今夜帰ります」と言って、電話を終えた。
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