アルボレス・ロホス村があった場所を流れる川は、アスクラカン行政府では単純に「支流17」と呼ばれていた。元からその地に住んでいた人々にとっても、ただ「川」で名前は特になかったのだろう。
カルロ・ステファン大尉がアゴースト兄弟社で仕入れた情報では、支流17に泥止めのダムを建設してから会社内で特に変わったことはなかったと言うことだった。作業員が怪我をしたり、不思議な事故が起こったり、死亡事案があったり、そんなことはどこの会社でも一つや2つはあることで、彼等は問題にしていなかった。ダムができてから正確には14年経っており、その間に何もなかったと言う方が不思議なくらいだ。不思議な事故と言うのも、停めていた重機が勝手に動いて斜面を転げ落ち、下にあった数台の空のダンプカーにぶち当たったと言うもので、奇跡的に怪我人も死人も出なかった、とステファンは聞かされた。
ケツァル少佐は、取り敢えずダムを見てみようと言い、ステファンを助手席に乗せて森の中につけられた作業用道路を走って行った。大型トラックが1台通れる程の道幅で、所々離合スペースがある、と言っても藪を踏んづけた程度の空き地だったが、走るには支障なかった。それにダムが見える場所までに数台トラックとすれ違ったが、どのトラックも荷台に土を積載していた。
ダムはコンクリート製の低い堰堤だった。溢れた水が上部から流れていた。堰堤の上流は広い河原になって草や低木が生え、真ん中に水が流れている。その河原の土を堰堤から1キロほど遡った所で重機が掬い上げているのが見えた。トラックに積み込み、どこかに運んでいる。
「工業用のコンクリートに使うそうです。」
アゴースト兄弟社で資料を盗み見て来たステファンが説明した。
「泥が満杯になってしまうのを防ぐのと、土砂を売って儲けるのと、自前の工事に使うのと、一石三鳥ですよ。」
「考えたものですね。」
少佐は車に常備している双眼鏡で見てみたが、昔村があった痕跡はどこにもなかった。広い河原はすっかり周囲の風景に同化して、昔からそこはそんな広い平らな場所であったかのようだ。
「昔の地形はどうだったのです?」
「もう少しVの字に近い谷だったようです。だからダムを造ったのですが、深くなかったし、幅もあったので、こんな平になったのでしょう。 住居が泥で埋もれたと言うより、畑に泥が溜まってしまって耕作が出来なくなったのです。」
「会社はどう考えていたのでしょう?」
「ただ、請け負った通りに作業しただけですよ。」
入植者のその後の災難など考えていなかったのだろう。入植者もまさかダムが自分達の生活を奪うとは夢にも思わなかった筈だ。力仕事で雇ってもらったのかも知れない。村の家屋は多分木造の小屋で少し高床式だった。だからすぐには人間に被害が出なかった。
「作業員達が村の住民のその後を知っていると言うことはありませんでしたか?」
「”操心”で探りましたが、従業員の入れ替わりが激しく、村人のことはおろか村があったことも知らない人が殆どでした。村自体の歴史が短すぎたのでしょう。」
ブルドーザーの音が始まった。シエスタが終わって本格的に仕事を再開したのだ。来る途中ですれ違ったトラックは、昼前に土砂を積んで、休憩を終えて運搬を始めたに違いない。
「次の雨季が来る迄に土砂を掻い出して、雨季の間は休止、乾季にまた作業をする、の繰り返しです。アルボレス・ロホス村は気の毒だったが、ダムのお陰で下流の住民は土砂災害が減って安堵していると言う話も聞きました。」
少佐は小さく頷いた。移転費用がきちんと支払われていれば、揉め事は起きずに済んだのかも知れない。
現場を見ても村人の行方を知る手がかりはなかったので、少佐と大尉は車に戻って、来た道を引き返した。
「アゴースト兄弟社の経営者の住まいはわかりますか?」
「アスクラカン市内です。」
ステファン大尉はちょっと微笑した。
「”ティエラ”ですよ。」
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