テオがテーブルに着くと、男も対面に座った。テオは右手を己の左胸に当てて挨拶して見た。
「テオドール・アルスト・ゴンザレスです。貴方のお名前を伺ってもよろしいですか?」
すると男も同じ動作をして、少しタバコで掠れた様な声で挨拶した。
「ケマ・シショカ・アラルコン、ここの学生ではありません。」
しかし彼の手は綺麗で肉体労働者の手に見えなかった。何か事務系の仕事をしているのだろうか。テオはそっと尋ねてみた。
「シショカと言う名を名乗られていると言うことは、マスケゴ族ですね?」
「スィ。」
ケマ・シショカ・アラルコンは頷いた。
「どんな御用件ですか?」
テオは食べ始めた。出来るだけリラックスして応対していたかった。食べながら対応するのは相手に失礼だと思ったが、彼の方が年上だと思われたし、ここはテオのテリトリーだ。セルバ人の男性は見知らぬ相手と対峙する場合、出来るだけ己の方が優位に立っていると思わせたがる。シショカ・アラルコンも教室で彼を見つめて無言の圧を掛けたのだ。しかしテオにまともに目を見つめられ、思わず視線を逸らしてしまったことで、テオに優位に立たれてしまった。
シショカ・アラルコンは1分程黙っていたが、やがて口を開いた。
「チャクエク・シショカに会わせてください。」
テオはフォークを持つ手を止めた。思わず尋ねた。
「誰?」
「チャクエク・シショカ・・・」
「聞こえた。それは誰なんです?」
ケマ・シショカ・アラルコンは彼の手元を見つめた。アメリカ人なら目を見つめたのかも知れない。若者が辛抱強く言った。
「貴方がご存知のシショカです。」
「俺が知っているシショカは建設大臣の私設秘書の・・・」
言いかけて、テオは気がついた。セニョール・シショカの本名なのか? ケマ・シショカ・アラルコンはテオの言葉を否定せず、黙って見返しただけだった。テオはフォークを皿に置いた。
「参ったな・・・俺は彼が働いている場所を知っているが、彼個人とは知り合いじゃないんですよ。」
恐らく、あのシショカの友人なんていないだろう。ムリリョ博士やケサダ教授ならセニョール・シショカの私生活を少しは知っているだろうが、彼等がこの若者の要求に応えると思えなかった。
「俺が建設省に行っても、貴方がそこに行くのと同じ対応しかしてもらえないでしょう。否、貴方なら会ってもらえるかも知れないが、俺は無理ですよ、行政上の用事がない限りは。」
ケマ・シショカ・アラルコンが悲しそうな表情になったので、テオはちょっと考えた。
「俺は貴方の部族の族長に面会を求めていて、もしかするとこのシエスタの時間に彼から連絡が入るかも知れません。其れ迄ここで待ちますか?」
すると、ケマ・シショカ・アラルコンは慌てて立ち上がった。
「否、それは・・・」
彼はふと顔をカフェの入り口へ向けた。そして顔面蒼白になった。フリーズしてしまった若者を見て、テオはその視線を辿った。丁度カフェの中へファルゴ・デ・ムリリョ博士がゆっくりと入って来るところだった。
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