2022/10/28

第8部 シュスとシショカ      7

  ムリリョ博士が突然囁いた。

「女は白人に嫁いだのか?」

 テオは博士を振り返り、ハッとした。ムリリョ博士は純血至上主義者だ。同じマスケゴ族の旧家の娘が白人と婚姻するのを良かれとは思わない。
 ケマ・シショカ・アラルコンが俯いた。

「スィ・・・彼女は一族の秘密を守ると家族に固い約束をして、白人の妻になりました。しかし、家族の半数は納得しなかったのです。」

 ムリリョ博士の顔に「当たり前だ」と書かれているのをテオは見た。ケマは辛そうな顔になった。

「彼女は身籠もり、出産直前に突然亡くなりました。お産の為に実家に帰れと家族は言ったのですが、夫が承知せず、彼女を病院に入れました。しかしそこで彼女は死んでしまったのです。そして・・・」

 ケマは声を震わせた。

「彼女の家族は、彼女の死を悲しまなかった・・・遺体を引き取ることもなく、彼女は夫の家族の墓地に葬られました。カスパル叔父は彼女を引き取るように家族に訴えたのですが・・・」

 テオは疑念を抱いた。彼女の死因は何だったのだろう。”砂の民”に粛清されたのか? それとも彼女は秘密を守れなくなることを恐れた家族の誰かに抹殺されたのか? 
 ケマはさらに恐ろしい話を始め、テオを驚かせた。

「白人の夫もそれから半年後に事故で亡くなりました。その時、彼の遺産が全て妻の母親に相続されるように遺言状に書かれていることが判明しました。」
「白人の親族は反対しただろう?」
「それが当然だと思われたのですが、誰からも異議が出なかったのです。だから遺産は全て私の母方の祖母の姉妹の子供達が相続しました。そして家族は破産から免れたのです。」

 テオは背筋が寒くなった。それって、”ヴェルデ・シエロ”の超能力を使った犯罪ではないのか? 彼はムリリョ博士を見た。そしてムリリョ家の繁栄の歴史を思い出した。ムリリョ博士の伯父になる人はセルバ共和国独立の時、白人の建設会社の経営権を白人から譲られたと言っていた。そこに何も超能力は使われなかったのだろうか。いや、この際ムリリョ家のことは置いておこう。シショカ・シュスの一家の話だ。

「カスパル叔父は、家族が娘を殺し、娘の夫を殺し、その親族を”操心”で動かして財産を乗っ取ったのだと考えました。だから、族長選挙で・・・」

 突然ムリリョ博士が咳払いして、ケマがハッとした表情で口を閉じた。部族の族長選挙の話は”ヴェルデ・シエロ”同士でも他部族に口外してはならないのだ。ましてやテオは白人だ。
 ケマは言葉を探し、何とか説明を続けた。

「叔父は死んだ恋人の家族を部族の政治から締め出そうと運動しました。しかし勢いを盛り返した家族には歯が立たなかった。叔父は禁断の手段を用いて復讐を果たそうとしたのです。」
「それで建設省にアーバル・スァットの神像を送りつけたのか?」

 酷く的外れな感じがした。恋人を死なせたのは母親の従兄弟の家族で、イグレシアス大臣もセニョール・シショカも関係ないだろう。

「叔父がどんな思考回路で動いているのか、私にはわかりません。」

 ケマが苦しそうに言った。

「私は、シショカの元締め様にお会いして、何が起きているのかを説明して、叔父を死刑から救って欲しい、それだけです。」

 するとムリリョ博士がテオに顔を向けた。

「チャクエクと会うことがあるか?」
「残念ながら3回しか会ったことがありません。どちらも彼は不機嫌でした。俺の仲介で人に会うとは思えません。」

 ムリリョ博士はまともにケマ・シショカ・アラルカンを見た。

「チャクエク・シショカは正しい処分しか行わぬ。彼は既に調査に入っているだろう。お前は何もしない方が身のためだ。」
「叔父は・・・」
「大罪を犯したかも知れません。」

とテオが言い、ケマは彼を振り返った、目に涙が溜まっていた。叔父が好きで心配で堪らないのだろう。

「どんな大罪です?」

 若者の質問に、ムリリョ博士が答えた。

「カスパルが殺したいと思っている人間達が白人の家族に対して行ったのと同じ罪だ。」


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