2022/10/28

第8部 シュスとシショカ      6

 「つまり、大統領警護隊に捕まっているカスパル・シショカ・アラルコンは君の母方の叔父さんに当たる訳ですね?」

 テオは慎重に尋ねた。セルバ先住民にとって親戚関係の順位は重要だ。それは”ヴェルデ・シエロ”でも”ヴェルデ・ティエラ”でも同様だった。子供にとって母方の叔父は父親と同等の関係になる。ケマは頷いた。

「叔父は若い頃から一族の習慣に従わず、殆ど実家に帰らない人でした。しかし、私には時々会ってくれて、遊んでくれる優しい叔父だったのです。その叔父は実家とは疎遠になっていましたが、シュスの家族とは親しくしていました。つまり、私の母方の祖父の家ですが・・・」

 最後の説明はテオの為だろう。テオは頭の中に家系図を描かなければならなかった。そして妙なことに気がついた。

「君の両親は同母姉妹の子供で従兄妹同士だと言いましたね? それなら父方のお祖母さんはシショカの名前を継いでいる筈ですが、アラルコンを名乗っていたのは何故です?」

 するとムリリョ博士がぶっきらぼうに言った。

「アラルコンの養女になったからだ。尤も父親がアラルコンだからな。同母姉妹はどちらもシュスの男と結婚した。シショカの家の伝統だ。そしてペドロに姉妹がいれば、その姉妹がアラルコンを継ぐ。」
「スィ、仰せの通りです。」

 ケマはちょっと溜め息をついた。

「私には父方の叔母が3人いました。2人は子供の頃に亡くなっていますが、1人残っていて、その人がアラルコンを継いでいます。ああ、すみません、本題から逸れています。私が相談したいのは、母方の親族のことなのです。」
「シショカ・シュス?」
「スィ。母方の祖母には同母同父の姉がいて、その人に子供が4人います。男が3人、女が1人、母の従兄弟達です。彼等が10年以上前に、ある政府の事業に投資しました。森林の奥地を開墾して農場を造るプロジェクトで、軌道に乗ればそこにゴム園を造ることになっていました。ところがその企画が頓挫してしまいました。開墾地が泥に埋まって・・・」
「もしかして、アルボレス・ロホス村?」

 テオの言葉に、ケマが目を見開いた。

「ご存知なのですか?!」

 テオはムリリョ博士をチラリと見た。博士は無表情でケマを見ているだけだった。テオは言った。

「知っている。だけど説明は後でします。先に君の話を聞きましょう。」

 その方がムリリョ博士を苛つかせずに済む。ケマは頷いた。

「母の従兄弟達は開墾地が泥に埋まった原因を、川に建設された低いダムのせいだとして、訴えを起こしたのですが、裁判所は受け付けてくれず、一家は大損をしたまま、悔し涙を飲みました。私の叔父のカスパルは母の従兄弟の一家と懇意にしており、一家の娘の1人と婚約もしていました。しかし一家が没落すると、その彼女は家を出てしまい、白人の男と付き合うようになりました。彼女にとって家族を救うために金のある白人を夫に選ぶ方が、金のないカスパル叔父との結婚より大事だったのです。」

 なんだか聞いた話と違うぞ、と言うのがテオの正直な感想だった。カスパル・シショカ・シュスは族長選挙に絡んで何かを企んでいたのではないのか? だが”ヴェルデ・シエロ”を含めたセルバ人は結構周りくどい言い方で物事を説明する。彼は我慢して聴くことにした。

 

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