2022/11/05

第8部 シュスとシショカ      9

  テオはケツァル少佐に電話を掛けた。電話では言えない火急の要件があると言って、彼女に大学へ来てもらった。昼休みの大学は学生たちが自由に歩き回っている。自主的に研究している学生やボランティア活動に勤しむ学生、ただ休憩しているだけの学生。その中を普通の服装で、少佐は学生のふりをしてやって来た。彼女が研究室に入ると、テオはドアを施錠して、彼女にコーヒーを飲むかと尋ねた。彼女は要らない、と答えた。

「それで、要件とは?」

 テオは彼女を学生たちが座る椅子に座らせ、己の机の前に座った。そして、昼休みに現れたマスケゴ族の若者、ケマ・シショカ・アラルコンと、ムリリョ博士との3人の会話を語って聞かせた。
 少佐は話を黙って聞き、そして暫く考えた。

「要約して言えば・・・カスパル・シショカ・シュスの恋人が彼を裏切って白人と結婚して、お産に失敗して死んだ、カスパルはそれを恋人の家族と恋人の夫に責任があると逆恨みした。さらに恋人が彼を裏切った原因は生家の没落であり、その没落の原因はアルボレス・ロホス村が泥に埋もれてしまったから。だから彼はダム建設を推進した建設大臣も恨んだ。」
「スィ。」
「白人の家族は謎の死を遂げ、カスパルは恋人の家族と大臣にも復讐を企んでいる。そのために、アーバル・スァット様の石像をアルボレス・ロホス村の住人だったアラムとアウロラのチクチャン兄妹に盗ませ、建設省に送りつけようとした。しかし、1回目は盗みに利用したロザナ・ロハスが思った通りに動かず、ミカエル・アンゲルス暗殺に使ってしまい、石像は大統領警護隊に回収されてしまった。」
「スィ。」
「もう一度彼はチクチャン兄妹に改めて石像の呪いの使い方を学習させ、2度目の盗みを行った。その際、遺跡の警備員を爆裂波で傷つけてしまった。チクチャン兄妹は建設省に石像を届けたが、何も起こらない。そこでカスパルに利用されたと悟り、仲違いして、カスパルに殺されかけた・・・」
「概ね、そんなところだ。ムリリョ博士が何も言わないので、マスケゴ族の族長選挙とどう関わっているのかは、俺にはわからない。」
「私にもわかりません。」
「だが博士はカスパルの親戚、つまり恋人の実家に問題ありと睨んだようだ。それが選挙に影響するのか、それとも”砂の民”が動くのか、わからないが・・・」
「”砂の民”の粛清は個人に行なわれることが主です。一つの家族を対象とすると、長老会の審議に掛けられるでしょう。それより・・・」

 少佐が憂い顔で天井を見上げた。

「セニョール・シショカがどこまでこの件を掘り下げて調べたか、です。彼はフリーの”砂の民”です。掟の範囲で自由に行動します。カスパルの恋人の家族全員を粛清してしまう可能性もあります。」
「長老会の審議なしで、そんなことが出来るのか?」
「それをするから、一匹狼にならざるを得なかったのだと思いますよ。そして彼が一族の人々から恐れられる存在になった原因でもあります。長老会も彼が掟の範囲内で行動するので罰することが出来ないのです。」

 テオは溜め息をついた。

「ケマ・シショカ・アラルコンは、セニョール・シショカをシショカ一族の総元締程度にしか認識していないんだ。シショカに”砂の民”への仲介を頼もうとしている。あの若者は叔父のカスパルを死なせたくないと言っていた。父親同然の存在だったから。」
「シショカは・・・と言うより、良識ある我が一族の大人達は、大罪を犯した人間を温情で助けるなど、生やさしい扱いをしません。大罪は大罪です。減刑はありません。ただ、カスパルに襲われた警備員は命を取り留めました。その点は考慮してもらえるかも知れませんね。」

と言いはしたが、ケツァル少佐は、その「考慮」が生きたままワニの池に放り込まれるのではない、別の処刑方法になる、とは言わなかった。テオを悲しませたくなかった。


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