2022/11/12

第8部 シュスとシショカ      10

 「白人と結婚して亡くなった一族の女性ってわかるか?」

 テオが尋ねると、ケツァル少佐はちょっと考えてから、図書館へ行こうと提案した。それで2人で大学内の図書館へ行った。10年近く前の新聞を探した。データ化される前の新聞だから、何年の何月の記事なのかわからない。女性の実家がシショカ・シュスと名乗っていたことはわかっていたから、死亡記事だけを見ていった。
 半時間後に、少佐が一件の記事を見つけた。フェルナンド・ロヴァト・ゴンザレスと言う男性の妻のマリア・シショカ・シュスが亡くなったと言う短い記事で、葬儀日時の告知と共に数行だけ書かれているものだった。テオはタブレットでフェルナンド・ロヴァト・ゴンザレスを検索し、マリアの死後1年のうちにその男性の家が相次ぐ不審死で断絶してしまったことを知った。フェルナンドの遺産は妻の母親が相続し、それに異を唱えたロヴァト・ゴンザレス家が全員死んでしまったのだ。遺産を相続したシショカ・シュス家のことはデータでは追えなかった。恐らくシショカ・シュス家の人間達が記録に残されることを嫌ったのだ。

「シショカ・シュス家って、有名なのか?」

 テオの問いに、少佐は肩をすくめた。

「煉瓦工場を経営していました。煉瓦はあまり使われなくなったので、最近は装飾用タイルを作っています。」
「マスケゴ族だな?」
「スィ。古い家系です。」

 そして、皮肉っぽい笑みを浮かべた。

「ムリリョ博士達が住んでいらっしゃる同じ谷に住居を構えていますよ。」

 テオは以前ロホ達に連れられて見学に行った斜面の住宅地を思い出した。樹木が多い、日当たりの良い斜面に階段状に造られた風変わりな住居が点在する区画だ。マスケゴ族のグラダ・シティでの集落だ。
 斜面が多い都市では低い位置に金持ちが住み、貧しくなると坂の上に住む傾向にある。坂の上は不便で交通の便も良くないからだ。しかしセルバでは、金持ちが坂の上に住む。低地は暴風雨の時に水没しやすく、敵は低い海岸から攻めてくるからだ。テオや少佐達が住んでいる東西サン・ペドロ通りやマカレオ通りも坂の上に行くほど高級住宅になる。マスケゴの集落も似ていた。少佐はグラダ・シティの地図をタブレットに出して、テオにムリリョ博士の自宅周辺を示した。

「ここが博士のお宅です。シショカ・シュス達はもう少し低い場所に住んでいます。財力の差ですね。でも族長選挙は人望がどれだけあるかを競う訳ですから、財産は関係ありません。」
「金のばら撒きはしないのか?」

 少佐がニヤリと笑った。

「一族は金では票を入れません。撒く人間も受け取る人間も軽蔑されますから。どれだけ一族の役に立てるかが争点です。勿論、お金を一族のために使うのであれば、それは得点を稼ぐことになります。」

 テオは煉瓦工場の経営者達と族長の座を争う人々は何を生業にしているのだろう、と思った。ムリリョ家とシメネス家は建設業者だが、今回候補を出していないと言う。
 ”ヴェルデ・シエロ”は人口が多いと言えない。その一部のマスケゴ族の中の選挙だ。有権者はメスティーソを入れてもそんなに多くない筈だ。

「少佐・・・もしかすると、マスケゴ族の選挙は、シショカ・シュス同士の対決になっているんじゃないか?」

 テオの考えに、少佐がビクッとした。それを思いつかなかったと言う表情だった。彼女は僅か数名しかいないグラダ族の族長で、選挙ではなく、彼女しか純血種がいないからだ。(この際フィデル・ケサダは数えない。)また、彼女が普段接する一族の多くは人口が多いブーカ族で、家系がたくさんある(らしい)。だから少佐も「選挙」と聞いて一般のセルバ社会の選挙の様に考えていたのだ。

「同族の相討ち選挙なのですね・・・」

 カスパル・シショカ・シュスは恋人の仇を討つ目的で神像を盗み、建設大臣を呪い殺そうと企んだ。そして恋人を死に追いやった恋人の実家にも復讐を果たそうとしていた。恋人の実家は彼の同族だ。しかしシショカ・シュス、或いはシュス・シショカの家は他にもあって、カスパルの恋人の実家から出る族長候補と対立しているのではないか。もしカスパルが大罪を犯したとわかれば、恋人の実家は大打撃を受ける。

「カスパル・シショカ・シュスは彼の独断で神像の呪いを利用しようと考えたのだろうか? 族長選挙で彼自身の家系のライバルとなる別の家が、彼を唆して復讐劇を行わせ、彼の家系を貶めようとしているんじゃないだろうか? それなら選挙が絡んでくると言う話に俺は納得出来る。こう言っちゃなんだが、君達の一族は周りくどい形で戦略を考える。自分達が大罪を犯す掟違反をしないよう、他人を動かすんだ。カスパルはチクチャン兄妹を唆して利用したが、カスパル自身も誰かに操られているんじゃないか?」

 テオが考えを打ち明けると、少佐は小さく頷いた。

「大統領警護隊司令部がカスパルに直ぐに裁定を下さないのは、彼の背後関係を調べているからですね・・・」



0 件のコメント:

第11部  紅い水晶     19

  2台目の大統領警護隊のロゴ入りジープがトーレス邸の前に到着した時、既に救急車が1台門前に停まっていた。クレト・リベロ少尉とアブリル・サフラ少尉がジープから降り立った。2人は遊撃班の隊員で、勿論大統領警護隊のエリートだ。サフラ少尉が一般にガイガーカウンターと呼ばれる放射線計測器...