土曜日の朝、テオのアパートに泊まった大統領警護隊文化保護担当部の男達は、隣のケツァル少佐の部屋のダイニングで早い朝食を取り、同じく少佐のアパートに泊まったデネロス少尉と共に少佐に引き連れられて週末の「軍事訓練」に出かけた。テオも同伴させてもらったが、行き先は近所ではなかった。
まだ薄暗い早朝の通りで、”ヴェルデ・シエロ”達は空間の歪み、彼等が「入り口」と呼んでいる場所を見つけ、1人ずつ入って行った。最初に入った者と同じ場所に出る練習だと言う。当然ながら最初に入ったのは大尉であるロホで、少し時間を置いてから、中尉のアスル、少尉のデネロス、ギャラガの順に「入り口」に入った。テオは最後にケツァル少佐に手を引かれて入った。少佐はあまり空間移動が得意でない。目的地へは間違いなく到着したが、「着地」は下手だ。テオは最後に入った筈なのに、先に出てしまい、少佐が彼の背中に乗っかる形で地面に押し付けられた。
「君はどうしていつもこうなんだ!」
思わずテオが呻くと、少佐が反撃した。
「すぐに場所を空けてくれないからです。」
先に到着していた部下達がクスクス笑って見ていた。
少佐が立ち上がり、軍服の泥を落とさずに部下達を見た。
「全員揃っていますね。」
そしてテオが立ち上がるのを横目で見た。
「手足も全部ついていますね、ドクトル?」
「バラバラになって移動するなんて聞いたことがないぞ。」
テオは周囲を見回した。見覚えがある風景だった。地面が斜めになっていて、膝までの高さの草が生えている。斜面の下は森が広がっていた。斜面の上は砂利と岩の山の頂だ。
「ティティオワ山か・・・」
少佐がテオに大きなサイズの合羽を手渡した。頭からフードですっぽり入る形だ。
「私とドクトルはこの山の山頂から今いる高度までの間をぐるりと散歩します。あなた方は、今朝アパートで渡したカラーペイントのボールをドクトルに投げて下さい。ボールは1人5個。ドクトルに当てられたら、今夜夕食でビールを2本追加してよろしい。」
つまり、少佐がテオにボールが命中するのを妨害するので、彼女の隙をついてみろ、と言う訳だ。いかにも”ヴェルデ・シエロ”らしいゲームだが、ちょっと子供染みていないか? とテオは内心感じた。しかし黙っていた。部下達が真剣な表情になったからだ。これは、上位の超能力者と戦う時の訓練だ。
少佐が時計を見た。
「今、0700です。1130迄、訓練時間とします。休憩は各自の判断で取ること。1130にここへ集合。では、散開!」
部下達が一斉に散って行った。緊張と楽しげな雰囲気が混ざっている。文化保護担当部の軍事訓練はいつもこんな調子だ。他の部署の隊員達からは遊んでいる風に見えるらしい。だが他部署の指揮官達はケツァル少佐も部下達も真剣なのを知っている。
部下達が見えなくなると、少佐はテオを振り返った。
「頂上へ行きましょう。」
「ただ歩くだけかい?」
標的にされてテオはちょっと不満だったが、この山には忘れられない思い出がある。
「歩くだけですが・・・」
少佐が岩場を指差した。
「部下達が私の隙を突くために、土砂崩れや落石で攻撃して来ますから、斜面の変化に注意を払って下さい。油断すると死にますよ。」
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