なんとなく不愉快だった。ホアン・チャパもグラダ大学医学部も何か重要なことを隠している。いや、重要なのに重要だと思っていないから、マイロに話さない。マイロは自分が何を知らないのかわかっていない、と痛感した。自分はデータとして記録されたものだけを見て、このセルバ共和国の医療の歴史だと思い込んでいた。しかし、セルバ人達は昔からある病気の流行を「言い伝え」の中に封印して、数字や文章に残したりしないだけだ。
セルバでは、虫が病気を運ぶことは絶対にない。
宿の男が言った言葉。虫によって媒介される病気が存在しないとしたら、この国は特異だ。周辺国ではマラリアやシャーガス病が普通に発症している。ここだけが無事と言うことはあり得ない。
僕等は守護されているから。
誰から守護されているのだ? 神様か? どの神だ? キリストもマリア様も、外国で熱心に信仰されている。セルバだけの神様? そう言えば、度々耳にした名前・・・”シエロ”。
シエロって、空って言う意味だよな。
マイロは車の窓から空を見上げた。真っ青だ。これから乾燥地帯に入る。運転しているチャパは陽気な音楽をラジオから流しながら聞いていたが、電波を拾うのが難しくなってきたのか、雑音が入り始めた。
空が神様なら、やっぱり天の神様だよな・・・エホバか?
車が停車した。マイロは物思いから現実に引き戻された。
「どうした?」
「事故現場です。」
チャパが道端に立っている小さなマリア像を指差した。崖っぷちを這うように行く細い道路の端に、石の像が立っていた。萎れた花が供えられている。
「5、6年前に、ここでバスが崖下に落ちたんです。大勢死んでしまったそうです。だから、ここで旅の無事を祈れって、オルガ・グランデ出身の友人に言われました。」
チャパが手を組んで祈り始めたので、マイロも真似た。この旅行が無事に予定通り終わりますように。
1分後、チャパが目を開いた。
「さ、祈ったし、また旅を続けましょう。」
どこまでも陽気な男だった。
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