2023/02/11

第9部 古の部族       18

  マイロはバルデスの申し出をどうしても素直に受け入れることが出来なかった。マフィアの首領の様に市民から恐れられている男が、市民の為に研究資金を出すと言う、その親切心が胡散臭く感じてしまった。

「大変有り難いお話ですが、私個人が援助を頂くことは出来ません。私はアメリカ合衆国の研究者の一人として来ている訳で・・・」
「賄賂の様に聞こえたのなら、申し訳ない。」

とバルデスが笑みを浮かべた。

「個人で受け取るのが無理でしたら、グラダ大学医学部へ寄付の形で資金を提供しましょう。それなら貴方の本国も我が国の文化・教育省も文句を言わないでしょう。」

 大学への寄付か。マイロはそれで折れることにした。恐らく大学は断らないだろう。全額がマイロの研究に充てられるとは思えないが、援助はあった方が良い。彼もバルデスに微笑で答えた。

「有り難うございます。」

 コーヒーが運ばれて来た。芳しい香りを嗅ぎながら、マイロはその日の朝からの出来事を思い返した。ペンディエンテ・ブランカ診療所を訪問してメンドーサ医師から呪い師の話を聞いた。そして呪い師に会えるツテを探してスラム街を歩いている時にひったくりに遭った。犯人を追いかけて走り、角を曲がったところで後ろから襲われたのだ。そして穴に捨てられ、地下遺跡を発掘中の考古学者達に偶然救助された。随分昔のことの様に思えた。

「ところで、セニョール・バルデス、貴方は呪い師がサシガメから住民を守る御呪いをする話を聞いたことがありますか?」

 バルデスが笑った。

「サシガメと言うより、病気から住民を守るのです。迷信です。本当に力を持つ呪い師なんて滅多にいるもんじゃありません。」

 彼は腕時計を見た。

「そろそろ私はお暇します。どうぞゆっくり休んで下さい。このペンションの費用は会社が出しますから、ご遠慮なくバルでもジムでも使って下さって結構です。」

 彼はマイロとチャパに握手して食堂を出て行った。彼が出て行くと、チャパがふーっと息を吐いた。

「緊張した・・・」
「大物だもんな。」

とマイロが笑うと、助手はふくれっ面をした。

「先生はあの男の評判をご存知ないから、呑気に会話出来たんです。」
「どんな評判だ?」

 チャパはそっと周囲を見回した。他のテーブルの客はお喋りに夢中だ。

「彼自身が言ってたでしょ、先代に拾われたって。ただの孤児だった男が、大企業の経営者にのし上がったのは、単に先代に気に入られたからじゃないです。彼自身がライバルを蹴落として、幹部になって、先代の腹心にまで出世したからです。蹴落とす方法がどんなものか、ここじゃ言えません。誰が聞いているかわかりませんからね。でもオルガ・グランデの市民には常識みたいな噂です。それに先代の亡くなり方も異常だったと聞いています。屋敷の使用人は怖がって誰にも言わないそうですが・・・」
「何だ、それは? 要するに誰も知らないことを、みんな怖がっているのか?」

 チャパは黙って目をパチクリさせた。

「そう言えばそうですね・・・僕も実際のところ何も知りません。」

 マイロが噴き出したので、彼も笑った。

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